上昌広先生インタビュー 第3回『福島から教訓として得られたもの。若い医師へのメッセージ』

2017/8/17

三上 貴浩 先生

記事監修医師

東京大学医学部卒 医学博士

三上 貴浩 先生

NPO「医療ガバナンス研究所」の理事長を務める上昌広先生は、2011年3月11日、東日本大震災の直後から独自のネットワークを通じて福島県浜通りの支援を続けておられます。その上先生に、福島にまつわる過去・現在について伺ってきましたが、最終項となる第3回では、未来への期待とメッセージを伺います。

現場に入り続け、今も診療や講演を続ける坪倉医師

上昌広先生のグループで、東日本大震災後すぐに南相馬市で医療支援を開始し、内部被ばく検査の立ち上げにも一から関わって、福島の医療現場を支えた医師に、坪倉正治先生がいます。今も東京と往復しながら南相馬市立総合病院、相馬中央病院、ひらた中央病院、ときわ会グループで診療を行い、放射線の計測や住民の健康相談、市町村の放射線対策に携わっています。
「セシウムによる内部被ばく検査の2万人以上ものデータをまとめ、JAMA(Journal of the American Medical Association)に論文発表したりしているので、チェルノブイリのあるベラルーシからも招聘を受けています」
福島における内部被ばくの状況は、ホールボディーカウンター(WBC)での継続的な計測で明らかなように、ほぼゼロとなっています。外部被ばくについても、ガラスバッジによる測定では2013年の段階で、年間の追加被ばく線量が1ミリシーベルトを下回った小児が南相馬市では約90%、相馬市では約99%だったと言います。こうした結果を分かりやすく伝え続けるためにも、坪倉医師は診療や講演を地道に続けているのです。

世界でおそらく初めて、高齢者の避難のあり方を問題提起

放射線から離れた研究でも成果が出ています。震災当時は学生だった 野村周平医師は「福島原発事故後の高齢者の避難による死亡リスクに関する研究」を修士論文としてまとめ、PLoS ONE誌に発表しました。原発事故後に南相馬市の介護施設から長距離の避難を余儀なくされた高齢者は、1年の死亡率がそれ以前の2.7倍になっていたという内容です。ケアを十分しながら計画的に避難を行った場合には死亡率が上がっていなかったこともあり、高齢者の避難においては医療や食事などのきめ細かな対応が必須だと結んでいます。
「この論文内容は全国紙にも報じられ、WHOは福島の最大の教訓に位置づけています。朝日新聞主筆であった船橋洋一さんも著書で取り上げてくれ、高齢社会における避難活動のあり方に一石を投じました。実はこの件は、米国陸軍のランド研究所も関心を持っています。核攻撃のリスクを考える上で、白血病や甲状腺癌よりも何よりも、高齢者を無理に避難させて後々訴えられる可能性を考えているのかもしれません」
野村医師は、英国ロンドンのインペリアル・カレッジ公衆衛生学の博士課程を卒業し、東京大学で助教として公衆衛生を研究している今も、福島を研究フィールドとしているそうです。

大学病院に安住せず、若い医師にはフィールドに出て発信してほしい

また、坪倉医師の活動に刺激を受け、浜通りの医療機関には多くの医師が勤務するようになり、震災後4人まで減った南相馬市立総合病院の常勤医師も今や30人と言います。その1人である尾崎章彦医師は、南相馬市で発見の遅れる乳癌患者が増えているという内容で論文発表をしています。
「人間には、不幸が起きた時に大丈夫だと思うように本能に刷り込まれていて、これを正常性バイアスと言います。病気、特に乳癌が見つかるケースでは、子どもが母親に勧めて乳癌検診を受けたことによるのが多いのですが、福島では放射線を気にして母子が離れて暮らす場合が多く見受けられます。それで受診の機会を逸しているのですが、この論文では『多くの母親が正常性バイアスが働いたがために、乳癌の発見が遅れている』との仮説を立てました」
こうした視点は大変重要だと、上先生は言います。
「若い医師は、大学病院などに安住していないで、どんどんフィールドに出て行くべきです。私は、東京大学をよくマイクロソフトに例えるのですが、その心は意思決定に時間がかかり、世の中から取り残されかねないということ。クラウドの時代ですから、医師も身軽に現場に出て行き、動き回らないといけないのではないでしょうか。若い人たちにぜひ言っておきたいのは、『君たちはCPUは優秀だけれど、経験を積まないと、アプリケーションの入っていない古いパソコンみたいになってしまうよ』ということですね。医師は職人。柔軟に動き回って、得たものをどんどん発信していきましょう!」

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