日本赤十字社医療センター院長 本間之夫先生インタビュー(後編)

2017/9/27

東大教授として研究、教育、臨床に励み、特に排尿の問題に取り組んでこられた本間之夫先生。退官後の2017年4月からは、かつて泌尿器科部長を務めた東京・広尾の日本赤十字社医療センターの院長に就任。708の病床を抱え、250名の医師を含む1700名のスタッフを束ねておられます。後編では、新院長として運営に携わり実感されていることを伺います。

人道・博愛という赤十字の精神を日々体現

―2003年から2008年までは、日赤医療センターで泌尿器科部長をされていました。このたび2017年に院長として戻ってこられて、変化や大学病院との違いを感じましたか?

当院はわが国初の赤十字病院です。創立が1886年ですから、その歴史は130年を超えています。私が東大に異動したのは2008年で、2010年に全面建て替えを竣工しましたので、戻ってみると建物はまったく変わっていました。しかし、医療現場の理念は変わることなく、「人道・博愛」という赤十字の精神を掲げています。また、かつては一診療科長でしたので自分の科のことだけを念頭においていましたが、院長職は全体の管理運営が仕事。全体に目配りすることを考えています。

大学病院との大きな違いは、研究が本来の職務ではないことでしょう。研修医教育という点は大学病院より重要かもしれません。おかげ様で初期研修医は毎年18名を引き受けており、後期研修医も毎年約20名を採用しています。若い医師を教育するのは各診療科の部長やスタッフの仕事ですが、私としても教育全体の方向性やシステムなどに目を配っています。

―診療では「人道・博愛」が大きな旗印ですね。

病院のもっとも大切な職務は診療です。それを反映して病院の目標には一般的に、患者第一や高度医療などの言葉がよく含まれています。ときには人道を謳っているかもしれません。しかし、博愛というのはどうでしょうか。日赤の病院の際立つ点は、ほかの病院では言えない「人道・博愛」を病院の理念に掲げられることです。それを体現するのは簡単ではありませんが、救護活動がそのひとつの活動です。自然災害には自治体レベルで整備を進めていますが、海外にまで救護班を派遣しているのは日赤くらいです。紛争地域への派遣もあります。当院も協力して多くの職員を派遣しています。

院長として病院スタッフに望むのは「4つのC」

―1700名のスタッフという大所帯ですが、院長として、皆さんにどのようなメッセージを発しておられますか?

病院の各部署は専門性が高く、管理者でもその職務の内容に深く立ち入ることは困難です。実務は現場の方にお任せした方がいいのです。ただし、通ずる点として「4つのC」をお願いしています。

まずはコンセントレーション(Concentration)、集中です。病院は国家資格に裏付けられた特殊技能を有する専門家からなる集団です。まずはご自身の専門性を活かしてそこに集中していただくことが大切。専門家、プロといわれるためには単に進歩に追いつくだけでは不十分です。常に問題意識を持ち続けて、かつその問題を乗り越える努力を継続していく必要があります。資格にアグラをかく気持ちではダメです。

次にコラボレーション(Collaboration)です。専門家としてのプライドはあっていいのですが、部署内はもとより部署外の職種にも敬意を払い、協力し合うことはもっと大切です。特に患者さんを相手にする診療現場での協力は不可欠です。

3つめはコンプライアンス(Compliance)、法令遵守ですね。ルールは、無用な気遣いや衝突を避け、結果として業務効率を上げるためにあります。交通ルールがなかったら大変でしょう。病院は多様な人が集まるところですから、交通整理が必須です。ルールに何らかの不都合があれば、審議して修正します。もちろん普段の社会生活でも、日赤の看板を意識して法を守っていいただかねばなりません。

最後のCは、コンプリーション(Completion)、目標達成です。実はこれが最も大切です。前の3つは道徳的で義務的な感じがしますね。しかし、これは「せねばならない」ではなく「したい」です。自分の思うところです。職員としては、病院の目標の達成に協力してもらう必要があります。しかしそれだけでなく、一人ひとりが自主的に人生に目標をおいて、日々精進してもらいたいのです。毎日を漫然と過ごすのではなく、やりたいことを定めてそれを目指すこと。大げさな目標は必要ありません。小さい目標を少しずつ達成していくのでいいのです。そうしないと、あっという間に時は去ります。

医療は公共財としての要素が高く、経営的な圧力をあまり強くすべきではない

―病院の運営一般としては、どのような問題があるのでしょうか?

医療には2つの側面があります。国家や自治体が住民向けに提供する行政サービスという面と、医療技術を生業として利益を上げようとするビジネスの面です。行政サービスの典型は消防や警察です。従事するのは公務員で、仕事の有無に関わらず給料が支払われます。火事の件数や消火の困難さで消防署の職員の給与が変わるわけではありません。毎年の予算で運営され、職員にとって火事が増えて欲しい理由はありません。一方、医療では患者さんの数や医療行為によって診療報酬つまり収入が違ってきます。経営的には患者が増えることが好ましいのです。公立病院でも私立病院でも事情はほぼ同じです。

すると、ビジネス的に合理的な病院の行動は、人件費や設備費を抑え、医療費の高い患者さんを囲い込み、報酬の高い医療行為を優先する、逆に言えば、職員を働かせ、医療費の安い患者さんを敬遠し、採算に合わない治療は行わない、ことになります。患者さんをお客様扱いする一方で、職員にはブラック企業化するということでしょうか。

もっとも現実は、そうひどくありません。医療需要が高い、つまり患者さんが多いとか医療の必要度が高い疾患については、診療報酬を高くして治療を提供したくなるように誘導されています。必要度は高いが採算割れするような医療行為には、助成金を出すなどの方策も講じられています。このようなきめ細かい調整は日本人ならではです。それでも、経営的な観点と医療倫理のジレンマは現場を苦しめています。

―問題の複雑さが少しは分かってきましたが、どうすればいいのでしょうか

医療の二面性を理解してうまく運営するしかないと思います。まず原則としては、医療という公共性の高い分野に、あまり強い経営圧力をかけるべきではないと思います。患者さんに不利益をもたらす危険があります。といって、青天井で無駄を放置するようなやり方では、現場の緊張感も削がれて医療の進歩が止まります。

理想的には、医療機関の人件費率、設備投資費率などの経営指標や、安全管理体制、治療の質などの管理指標を監視しつつ、経営的には余裕のある報酬体系を組めばよいのでしょう。ここで医療費全体の議論になるのですが、その際にいつも出てくるのが日本の借金問題です。国が借金まみれなので社会保障費を抑えざるを得ないという理屈です。結論だけ言いますが、これは誤りです。国債を円で発行できる限りは、貨幣の発行権を持つ国や政府の借金は幻影なのです。端的に言えば借金ではありません。特に国内にお金が落ちる分には、国にとってはまったく問題ありません。医療費はいわゆる失われた20年間でほぼ唯一の成長産業で、今後も成長します。医療サービスの質を高めることには誰も異論はないはずです。そして多くの医療費は人件費として国民に支払われ、給与やGDPを引き上げます。

一方で医療を効率化することも忘れてはなりません。人材教育やIT技術をはじめとする革新的方策を入れて生産性を向上させることです。これは医療に限らずどの分野でも非常に重要なことです。

病院の運営に携わるようになって、こんな風に考え始めたところです。

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