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東京大学大学院 感覚運動機能医学講座整形外科学 田中 栄 教授 インタビュー(前編)
2018/1/17
医療に関心が高まっている今、メディアを読み解く高い医療リテラシーが求められています。東京大学大学院時代に昭和大学歯学部の生化学教室の須田立雄名誉教授に師事した田中栄教授。「骨代謝」や「骨の細胞生物学」などの研究に取組んで来ました。
近年ではA.I.の研究動向にも関心を持っています。A.I.と言えば、東京大学医科学研究所でワトソンを用いた臨床研究が行われ2016年に話題を集めました。
東京大学大学院医学部整形外科教室の教授就任後はゲノム医療研究にも着手してきた田中先生。自身の研究にA.I.を活用されるのか最新の研究動向を伺います。
メディアの医療情報は偏っている。正しいリテラシーを
— 現代では、一般の方も医療情報に非常に関心が高いですね。
テレビでも雑誌でも、医療系のことを取上げると視聴率が高くなったり、部数が伸びたりするので好んで取上げられるようです。しかし、内容をよく見てみると、かなり偏った意見で番組が制作されたり、記事が作成されていることが多いような印象を受けます。どちらかというと危機感を煽るような切り口の方が構成として面白いからなのでしょうか。
例えば「**手術は受けてはいけない」というような記事を雑誌で読まれたことがある方も多いかもしれません。確かに不要な手術が行われているようなケースがあるのは事実ですが、手術を受ける必要がある人がいることも間違いありません。したがって「良い」「悪い」の二分律で語ることはできませんし、まして「手術は受けてはいけない」「手術するととんでもないことになる」などと、一方的に断定してしまうのは如何なものかと思います。
—マスメディアの報道にも危機感を持っているのですが
白黒で言おうとする傾向が強いことは確かだと思います。
臨床研究では、ランダム化比較試験(RCT:Randomized Controlled Trial)という試験があります。これは、ある程度そろった背景をもつ患者さんに対して、ある治療に効果があるか否かという検証を行う臨床試験で、エビデンスレベルが非常に高いと考えられています。
ただ、それはある一定の背景をもつ患者さんに対して行ったところ効果がなかったというだけで、RCTで否定的な結果が出たとしても、全ての患者でその治療がダメか?というと、そんなことはありません。実は背景の異なる患者には有効かもしれない。臨床にはそういう曖昧な部分も多いので、悪い情報だけを取上げて、これはダメだと否定してしまうのは問題があると思います。
骨代謝研究の原点は、昭和大学の須田立雄先生
—田中先生は「骨とビタミンD」の研究に精通し、紫綬褒章を受賞された昭和大学の須田立雄名誉教授に師事されました。田中先生の原点とも言える須田先生に受けた教えや影響を振返りながら、「骨代謝」研究にかける展望を伺わせてください。
私が大学院時代の研究テーマは骨代謝でした。骨は一見するとほとんど形が変わっていないように見えるのですが、実際は非常にダイナミックに新陳代謝されています。「骨は生きている」というフレーズは、須田先生の書かれた「骨の科学」という教科書の中にあったものですが、大学院に進学する前にこの本を読んで大変感銘を受けました。それで大学院進学後に須田先生をご紹介いただいて、研究生としてご指導いただくことになりました。
須田先生の元々のご専門はビタミンDの研究です。ビタミンDは体の中で作られ、腎臓や肝臓で活性化されていく特殊なビタミンですが、その代謝過程を須田先生は明らかにされました。
ビタミンDの役割の一つは、骨の健康を保つことです。小児に発症する「くる病」は、ビタミンDが欠乏し、骨や軟骨が石灰化障害を引き起こすことにより、類骨(石灰化していない骨器質)が増える病気です。骨成長後の大人に生じた場合は「骨軟化症」と言います。骨が脆くなり、容易に骨折したり、骨が変形してしまう病気です。
このようにビタミンDと骨とは密接な関係にあるので、須田先生の研究室の大きなテーマは「ビタミンDと骨」でした。そのような流れで研究をスタートしたこともあり、今でも「ビタミンDと骨」には興味をもって研究を続けています。
将来的にはゲノム医療研究にA.I.を取入れたい
—近年では「A.I.」の医学への応用にも関心を持たれています。ゲノム医療の面からも最新の研究動向について伺わせてください。
A.I.技術には大変関心を持っています。今後医療においてA.I.技術が活用される有力な分野は「画像診断」だと思います。近いうちに病理組織診断や、CTやMRIなどの画像診断をA.I.が行う時代が来るのではないでしょうか。また長期的には、患者の状態や検査値などの情報から、A.I.が健康管理や疾患の診断をしてくれるようになると思います。
また東京大学医科学研究所からワトソンを用いたがんのゲノム診断が話題になりましたが、このような分野にもA.I.が活用されるようになってきています。詳細なゲノム診断には、かなりのコストがかかりますが、コスト以上にメリットが高ければ、やる価値はあると思います。
将来的にA.I.につながるものとして、整形外科では、ナビゲーション手術やロボット手術というような分野があります。コンピューターを使うことによって、骨切りや人工関節設置を極めて正確に行うことができます。もう少しコストが安くなれば広く普及するようになるでしょう。
また、全ての患者のデータをクラウド上に保存して、ビッグデータとして扱うという試みが少しずつ進んできています。しかし、プライバシーの問題がありますので、いかにしてセキュリティーを保つかという点が今後の課題でしょう。