東京大学 名誉教授 広島大学病院国際リンパ浮腫治療センター センター長  国際微小外科学会 理事長 光嶋 勲先生 (後編)

2018/5/20

微小外科分野で、0.3ミリの血管を用いて移植した組織を形状・機能とも回復させる「穿通枝皮弁(せんつうしひべん)術」や、広範な欠損部分を再建させる「キメラ型/オロチ型合併移植法」を開発し、形成外科を超えてリンパ浮腫治療でも実績を積んで日本国内だけでなく世界から患者を集める、東京大学名誉教授の光嶋勲先生。後編では、現在に至る成功の秘訣と、将来への展望について伺います。

冷凍宅配食の「ナッシュ」
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20代はネズミの血管を使った訓練で、ひたすらにテクニックを磨いて

―超微小外科で成功された秘訣は何だったのでしょうか?
私自身は岡山県の田舎の育ちで、幼少の頃から刃物を自分で作って遊ぶなど、後から思えば繊細な形成手術のための英才教育を自前で行っていたようなものでした。1976年に鳥取大学医学部を出て東大の形成外科に入局しましたが、その少し前に世界で初めて超微小血管吻合で組織移植に成功された波利井清紀先生が、教授を務められていました。20代をそうした環境で過ごせたのは大きかったですね。私としてもとにかく技術を磨きたくて、毎夕6時ごろ医局での仕事を終えると、池之端を一周走って、7時から夜中11時ごろまでネズミの血管で訓練を重ねました。筋肉の中の細い血管をはがしたり、つないだりするのをネズミで毎夜行い、一連の流れを最初は5時間かかっていたのが、100匹もこなすころには上達して、1時間でできるのです。その地道な基礎練習が、テクニックを確実なものにしたのでしょう。

―臨床で力を発揮されたのは?
まだ、もう少し時間がかかりますね。1983年に筑波大学に移ってからは、穿通枝皮弁術など新しい臨床技術の開発に励みましたが、地方なので患者さんは少なく、実験など基礎医学に没頭した時期なのです。ただ、その頃師事したのが、超微小解剖学の河野
筋肉研究の権威であり、後に京大名誉教授にもなられた眞崎知生先生や、神経伝導物質のニューロペプタイド研究で名高く、東大病院院長の後は皇室医務主管も務められた金澤一郎先生といった素晴らしい先生方であり、貴重な時間でした。
こうして、東大の医局で育み、筑波大で発展させた再建技術をもって移った川崎医科大学や岡山大学で、90年代、そして2000年に入って、頭頸部再建など難症例を数限りなく手掛けたわけです。
技術というのは、ネズミの訓練で時間短縮ができたように、手技を繰り返し行い鍛錬するごとに、より短時間で、より低浸襲に、より難易度の高い手技が可能となり、成功率も上げていけるもの。現在のレベルに到達するには「器用さ」が7割で、後の3割は「独創性」にあったのではと思います。独創性というのは、目の前の状況に対する戦略を自ら引き出せることと、それを裏打ちする解剖学的知識・知見が重要です。

「名人技」の伝承が、AIで実現可能になることを期待

―生まれもった才能に加え、努力と経験、そしてひらめきが必要といえそうですね。誰もが到達できるものではなさそうです。
そういう意味で、実は、最近「AI」に関心を持っています。東大でも画像診断への応用は行われていますが、そういう用い方ではなく、私の脳そのものをAIに移してしまえないかということです。私は、患者さんを見た瞬間にインスピレーションが湧き、新しい手術方法をいくつも考えられるのです。それにはこれまでの経験や、ここまでならできるはずという限界が想定できるからこそ実現できるもの。そして、教育・育成を通じて世界中に弟子はおりますが、残念ながら私と同等レベルまで、技術と独創性を発揮できる人材は未だおりませんし、今後も難しいでしょう。
ところが、私の中のデータをAIに残しておけば、それを目標として誰かが駆け上がってこられるかもしれません。これまでの手術記録や論文、写真、画像、発想のパターンなどがあれば、AIが私のように判断や新たな発想を行うこともできるのではないでしょうか。

―なるほど。また、ロボットであれば、精密な技術の再現も可能かもしれません。
そうですね。私が超微小血管吻合を行っている画像を認識させれば、再現可能でしょうね。実は、私が0.3ミリの血管吻合に用いる0.03ミリ、30ミクロンの手術用針を製造する会社で、実際に製造に当たっているのはベテランの職人などではなく、20代の女性工員です。技術を数値化することで、名人技を属人的でなく、多くが取り組めるようにして、生産効率を上げているわけです。
波利井先生が1965年に成功された、1ミリの血管吻合による組織移植という当時の名人技が、0.3ミリの血管をつなぐ超微小外科やその先の美容外科に進化するには、技術・環境が数値化されて、まず針と糸を作ることから始まってもいるわけです。当時、道具の開発を行ってきたのは医師自身でした。AIの助けも得てと考えると、ますます未来に期待ができます。また、今現在も「医工連携」により、様々な可能性に日々気づかされているところでもあるんです。

顕微鏡から内視鏡へ、8K映像下の手術も視野に入れて


―医工連携、ですか。どのような例があるのでしょうか。
さまざまな分野の技術をもつ企業が、医療の領域で開発に取り組む事例が増えています。医師が臨床経験に基づきアドバイスすることで、実用的で医療現場から求められる機器や材料の提供が実現するわけですね。最近知ったのは埼玉県の取り組みで、県とさいたま市が共同で、企業や大学、医療機関が参加する産学医のプラットフォームを作っています。医療者のニーズを開発・生産者にマッチさせていて、成果発表も行われています。
たとえば、寿技研という会社はもともとラジコンのタイヤ製作などがメインだったそうですが、今、手掛けておられる腹腔鏡手術簡易トレーニングボックスは簡便かつ安価で、若手医師の内視鏡訓練にとても役立っています。植物由来の材料による模擬臓器も作られていますが、リアルですね。
実は私自身、微小外科で50年来、顕微鏡を用いてきましたが、首を固定したままなので辛く、内視鏡の活用を考えているのです。それなら手術の際、目の前にスマホを置いて画面を見ればよいので、首の負担が格段に減らせますから。ただ、3次元の顕微鏡視野から2次元の画面に変わるので、腹腔鏡手術に慣れるよう消化器外科医が行っているのと同じトレーニングをわれわれも行う必要があります。微小血管吻合自体が内視鏡へというトレンドとなれば、訓練機材のニーズもますます高まりますから、期待しています。

―内視鏡のズームで、顕微鏡に相当する視野を得られるということですね。画面は、近年のスマホの鮮明さがあれば事足りそうですか?
目の近くに置ければ、十分ですね。それに、スマホであればどこへでも持っていけます。内視鏡もボールペン大のものができてきていますから、それらをつなげば、特別な設備がない場所でも手術が可能になるでしょう。顕微鏡も近い将来、不要になるかもしれません。
それに、映像技術の進化もめざましいですよね。4K映像は試したことがあるのですが、それで0.3ミリのリンパ管を拡大して見ると、少しボケてしまうのです。ですが、8K映像を近々試させてもらうことになっていて、現行ハイビジョンの16倍ですから、それにはシャープさをとても期待しているんです。

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