記事監修医師
前田 裕斗 先生
2018/9/10
記事監修医師
前田 裕斗 先生
不妊症の定義は、日本では日本産婦人科学会が定めています。この定義は、一度変更されたことがあります。海外および国内での不妊治療の研究・臨床データの蓄積、また、社会情勢の変化によって、定義を変更する必要があるとされたからです。
現在の不妊の定義と、以前となぜ変わったのか、その理由や背景について、ご紹介します。
現在、日本産婦人科学会が提唱する「不妊の定義」とは、以下のようになっています。
不妊(症) infertility, (sterility)
生殖年齢の男女が妊娠を希望し、ある一定期間、避妊することなく通常の性交を継続的に行っているにもかかわらず、妊娠の成立をみない場合を不妊という。その一定期間については1年というのが一般的である。なお、妊娠のために医学的介入が必要な場合は期間を問わない。
この定義は平成27年(2015年)8月に変更のお知らせが掲示されました。以前の定義との一番大きな変更点は、「一定期間」の目安です。
以前は一定期間は1年〜3年とされ、2年が一般的とされていました。しかし、新たな定義では1年が一般的とされています。これは、海外のデータによると、妊娠を望む男女が避妊をせずに性生活を行った場合、85%が1年以内に妊娠していることによります。WHO(世界保健機構)やASRM(アメリカ生殖医学会)なども同様に、不妊期間は1年間と定めています。
不妊の定義を2年から1年に変更したのには、2つの理由が挙げられます。
また、その他にも定義で変更された部分があります。これらの理由や背景について、詳しく見ていきましょう。
海外の諸機関(WHO、ASRM、ICMART、ESHRE)などでは、不妊期間を1年間(または12ヶ月)と定め、1年間通常の性生活を行っても妊娠しない場合、不妊症と判断しています。また、日本よりも治療する患者さんの年齢が高いアメリカの生殖医学会(ASRM)の場合、「女性の年齢が35歳以上である場合は6ヶ月で専門機関の検査をスタートすること」と明文化しています。
まず、「1年間」という期間の区切りについては、前章でもご紹介したとおり、妊娠を希望する男女が避妊せず通常の性生活を送っている場合、85%が1年以内に妊娠していることによります。その後も追跡して調査すると、2年間で90%までは上昇しますが、初めの1年間と比較して5%しか上昇しないことから、初めの1年間で妊娠できなかった15%の方が、2年目を頑張る意味はあまりないものと考えられます。
これらのデータから、不妊症と判断する期間は1年でよいとしている機関が多いのです。
不妊の原因については、女性の晩婚化・キャリア形成などの理由も含め、女性が妊娠を考える時期が遅くなっていることがよく挙げられます。ところが、これはあくまでも加齢現象としての妊孕性(妊娠する能力)の低下という極めて自然な現象であり、不妊症の「疾患」とは何ら関係がありません。
しかしながら、女性の妊孕性は30歳を超える頃からゆるやかに低下し、38歳を超えるとがくっと低くなることは既に明らかになっています。そして、あまり知られていませんが、男性も35歳を超えると精子の「妊娠させる力」が下がり始めます。まず、これらの年齢に当てはまる人は、不妊症と呼ばれる「疾患」はなくとも、速やかに治療を開始する必要があります。
また、妊娠を考える時期が遅くなってきていることで、早い時期から妊娠を検討して検査を行っていれば見つかるはずだった不妊原因が見つからずに放置され続けてしまっている、ということは十分に考えられます。すなわち、卵管が閉塞している、卵子のストックが少ない、男性の精子の数や運動率が少ない、など、そもそも自然妊娠を目指していては妊娠・出産が難しい不妊原因です。これらの原因は、専門のクリニックで検査を行わなければわかりません。
また、タイミング法も独力では妊娠になかなかつながらない場合、専門の医師が正確な排卵予測を立てて行う方が妊娠率は高くなります。これらのことから、年齢が高いことや自然妊娠が難しい場合も含め、自力ではなかなか妊娠に結びつきにくい夫婦がそれぞれに合った適切な治療を受けるには、早めの検査や治療開始が必要であると考えられるのです。
その他にも変更された部分は、以下のとおりです。
これらの原因についても、詳しく見ていきましょう。
妊娠は、そもそも性生活がなければ成り立ちません。日本は世界的に見ても圧倒的に性生活が少ないことは、数々の調査でわかっています。その場合、そもそも妊娠の機会が少ないことになり、この場合は不妊なのか、それとも単にチャンスがなくて妊娠していないだけなのか、判断ができません。
そこで、「通常の性生活を継続的に」という表記を追加することで、単にチャンスがなくて妊娠していないだけで自然妊娠は可能な人を不妊症の定義から外したのです。
不妊の原因は非常にさまざまであり、まだまだ解明されていないことも多く、はっきりとこれだけが原因と確定することは現在の技術では不可能です。さらに、男性が原因の場合が約3割、女性が原因の場合が約3割とある程度の分類はできるものの、双方に原因がある場合も約3割と、やはりこれだけでは分類ができません。
また、一度も妊娠していない原発性不妊と、一度妊娠後、妊娠しづらくなった続発性不妊に関しては、それによって治療法を変えることがないため、分類しても意味がないのです。
「医学的介入が必要な場合」とは、自然妊娠ではそもそも妊娠が極めて困難な症状・疾患がある場合です。具体的な例としては、以下のような場合です。これらの症状・疾患がある場合、自然妊娠はほとんど期待できません。そこで、専門機関で早めに検査を受け、疾患を治療する必要があります。
この他、不妊症の大きな原因の一つとして、子宮内膜症が挙げられます。子宮内膜症とは、子宮内膜またはその類似組織が子宮内以外の場所で増殖し、炎症を繰り返す疾患のことです。月経痛・下腹部痛・腰痛・性交痛などを引き起こし、この疾患を発症した女性の3割〜5割で不妊の症状が出ています。また、不妊症と診断された女性の約3割が子宮内膜症というデータもあり、不妊とは切り離せない疾患です。
子宮内膜症で不妊となる原因ははっきりと特定されてはいませんが、子宮内膜症によって増殖・炎症を起こした組織が周囲の臓器を癒着させ、卵管に卵子がピックアップされる過程や、腹水が溜まって卵胞の発育が阻害されることが原因と考えられています。また、卵巣に子宮内膜症が発生した場合、チョコレート嚢腫となり、卵巣機能を低下させてしまいます。
子宮内膜症の治療は、主に手術療法です。特に、4cm以上のチョコレート嚢胞が卵巣にできている場合、手術で摘出することで妊孕性を回復できます。ただし、体外受精を控えている方で、内膜症のサイズがそれほど大きくない場合には、子宮内膜症の治療よりも体外受精を優先させることがあります。
不妊の定義が変更された最も大きな理由は、やはり「海外と基準を統一し、早めに適切な治療を受けられるようにすること」です。この背景には、日本ではまだまだ不妊症に対する正しい知識・認識が普及していないことが挙げられます。
女性・男性ともに、早く原因が発見できれば、それだけ妊娠の確率は高まります。自然妊娠にこだわりすぎず、ぜひ、それぞれに合った適切な治療を受けましょう。
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