記事監修医師
前田 裕斗 先生
2017/5/23
記事監修医師
前田 裕斗 先生
記事監修医師
東大医学部卒、セレオ八王子メディカルクリニック
二宮 英樹 先生
神戸で無痛分娩で出産した女性が死亡−そんな衝撃的な記事が日本を駆け巡りました。記事を見て無痛分娩を考えている多くの妊婦さんはショックを受けたのではないでしょうか。ここでは妊婦死亡の原因として考えられている羊水塞栓症と無痛分娩の関係性について解説します。
羊水塞栓症とは、赤ちゃんを包む羊水中の成分がお母さんの体内へと流入することで発症する病気です。日本における2010年以降に報告された母体死亡例146例中33例(23%)が羊水塞栓症によるものとされ、妊産婦死亡の重大な原因の一つとされます。羊水塞栓症は心臓や肺などに症状のでる古典的羊水塞栓症と、血液凝固能(血を止める能力)の障害、大量出血を主な症状とする子宮型羊水塞栓症に分類されます。
羊水塞栓症のリスクには、急な分娩の進行、高齢出産、帝王切開、吸引・鉗子分娩、頸管裂傷(子宮出口近くの損傷)、分娩誘発(促進剤の使用)、前置胎盤、子癇前症などが含まれます。注意したいのは、これらのリスクはほとんどが特にリスクのない分娩でもありうることです。特に今まで大きな病気にかかったことのない人も、妊娠経過に特に問題なかった人にも起こりうるのが羊水塞栓症の怖さです。
上記リスクの中に無痛分娩が含まれていないことに気づいた方もいるかもしれません。無痛分娩というだけで羊水塞栓症のリスクとなる科学的証拠はまだありません。無痛分娩では吸引・鉗子分娩、促進剤の使用が多くなる傾向にあるため羊水塞栓症のリスクと考えられがちですが、適切に管理されれば無痛分娩というだけで羊水塞栓症のリスクとはならないと考えられています。
残念ながら羊水塞栓症の予防法は見つかっていません。
古典的羊水塞栓症:急な呼吸困難、循環障害、ショック状態を引き起こします。多くの場合症状は数分で完成し、心肺停止に至る場合も多いとされます。
子宮型羊水塞栓症:子宮からの大量出血が持続し、凝固能異常(血を止める能力)が障害されることでさらに出血が助長されます。出血が持続すると循環障害を引き起こし、意識障害をきたすこともあります。古典的羊水塞栓症へと進行する場合もあります。
羊水塞栓症自体に有効な治療は残念ながらありません。症状が落ち着くまで酸素投与や点滴による水分補充、輸血など対症療法を続けます。症状が重い場合は人工呼吸や人工心肺が必要なこともあります。子宮からの出血が続く場合は子宮の中にバルーンを入れて膨らませたり、血管内に管を入れ、子宮に向かう動脈を詰める子宮動脈塞栓症といった処置を行います。それでも出血が続く場合、緊急手術で子宮全摘術を行うこともあります。
無痛分娩だからというだけで羊水塞栓症が増えることはありません。また、そもそもの発症頻度は低いため、過度に心配する必要はないといえます。一方で誰にでも起こりうる病気であることから、起きた時の備えは必要です。発症した場合、より大きな病院での治療が必要となることから、診療所や助産院での分娩を考えている妊婦さんは、緊急時の対応について担当医や助産師に尋ねておくと安心でしょう。ほとんどの妊婦さんは合併症なく、幸せなお産を迎えられることを忘れないでください。必要以上に怖がらず、妊娠やその後の生活を楽しみましょう!