東京大学大学院 感覚運動機能医学講座整形外科学 田中 栄 教授 インタビュー(後編)
2018/1/17
東京大学大学院医学部整形外科教室の教授就任以来、人材育成に尽力してきた田中栄先生。2018年度から「新専門医制度」が開始されることで整形外科医としての研修体制が大きく変わる見込みです。
後編では「新専門医制度」の課題と導入後の影響、若手に懸ける思いについて伺います。
大学病院を「ハブ」として教育、信念ある地域医療の担い手を派遣する
—「新専門医制度」では地域医療の偏在化が問題視されています。
「新専門医制度」が導入されると、ますます都会に医師が集中して、地域医療の崩壊が進むのではないか、と危惧されています。しかしこのような議論には、誤解されている面も多いように思えます。
例えば東京都の大学病院の専門医プログラムの中では、ローテーション先として地方の病院に勤務している人がたくさんいます。東大整形外科でも、茨城県や長野県の病院に医師がローテーションしています。いわば東京都の大学病院が「ハブ」となって地方に医師を送っているという面があります。そこの人材が不足すると、逆に地方に人を送れなくなってしまう可能性もあります。
—慈恵医大でも勤務表を見ると、6割くらいが地方勤務になっていました。
人手が足りない地方の病院にとっては、経験不足な専門医になる前の若手を送るより、ある程度専門知識を身につけた医師を配置することのほうが大事です。誰も指導者のいないところに専門医取得前の若い医師を配置するのは、地域にとっても、派遣される医師にとっても良いことだとは思えません。
地域医療に貢献したいという希望は、東大整形外科の中でも非常に高いです。しかしそのためには、未熟な医師を地方に派遣するということではなく、しっかりとした教育体制を持っている大学病院できちんと指導をして、腰を据えて地域医療に取り組もう、という信念を持った人材を育てることが重要だと思います。
整形外科の分野でも、大学病院より市中病院の方が数多くの症例を経験できるという面は確かにあります。例えば東京都で「人工関節」手術数が多いのは大学病院ではなく、市中病院です。しかしそのような病院は、特定の疾患や手術に特化しているために、幅広い分野の疾患を経験することができません。例えば、もともと症例が少ない骨軟部腫瘍の患者を市中病院で診療する機会はほとんどないわけです。
日本整形外科学会が、今回の専門医制度改革に際して、これまでの制度で一番問題であり、改革が必要と考えたのは、まさにこの点です。例えば初期研修の段階から市中病院に勤務して、そのままそこで臨床経験を積んで専門医を取得した医師は、非常に偏った知識しか持っていないことが稀ではありません。偏った知識だけを持った専門医ではなく、ある程度整形外科疾患全体を診ることができる医師の養成が重要だと思います。そのような意味でも、症例のバリエーションが豊富な大学病院が「ハブ」となって専門医を育てることが重要と考えています。
—「専門医制度」が変わったことによる影響はありますか?
先にも述べましたが、最近の傾向として、早くから専門に特化し過ぎているように思います。膝の専門家は膝のことしか知らない。脊椎疾患の患者がきたら、「僕は専門じゃないから診ない」と受け付けない。
かつては大抵の整形外科医は、ほぼ全ての整形外科分野の疾患に対応することができました。私はリウマチの専門ですが、他の整形外科分野であっても、ある程度の知識を持っています。もちろん医学は日進月歩であり、専門分野も高度化しているので、専門に特化した医師が必要であることは間違いありません。しかし少なくとも専門医取得前には、幅広い知識を身につけてほしいと思います。
そういう意味で「新専門医制度」では、整形外科の幅広い分野を経験できるようになります。したがって、よりジェネラルに診療することができる人材が育つのではないかと期待しています。
専門性のみならず整形外科全体を網羅し社会貢献できる人材に
—人材育成で先生が若手に懸けてきた思いを伺わせてください。
専門分野に特化することも非常に大事ではあるのですが、整形外科の全体をある程度見渡せるような医師の養成を目標としています。
そのような目的で、東大医学部整形外科では以前から、経験10年未満の若手医師には、様々な病院を1年から2年程度の短期間でローテーションする研修システムを採用していました。
病院によってそれぞれ特色があり、脊椎疾患が多い病院、スポーツ整形外科が得意な病院、人工関節が多い病院など様々です。若いうちにこれらの病院をバランス良く回って、網羅的な知識を身に付けることが大事だと考えています。
若手には社会貢献できるように自らを磨いてほしい。家族を養うために収入を得ることは重要ですが、やはり医師としては、患者さんや社会に対する貢献を大きな目標にしてもらいたいと思います。自分が教わったことを若手に伝える、それが優れた医師の育成につながりますし、最終的には社会貢献にも繋がると私は思っています。
人口の高齢化にともなって整形外科のニーズも高まり、勤務も大変になっています。そのような中で、労務管理をいかに行い、ワークライフバランスを実現していくかは大きな問題になっています。これは大学や整形外科だけではなく、社会全体で取り組んで行く必要があることだと思います。そのためには医師以外の看護師さんや看護助手さん、クラークさんなどに割り振る仕事を増やしていくことが必要かもしれません。