東京大学名誉教授 北潔インタビュー ~ 創薬への挑戦 ~

2017/6/26

三上 貴浩 先生

記事監修医師

東京大学医学部卒 医学博士

三上 貴浩 先生

2016年3月、長く勤めてきた東京大学大学院を退職された北潔教授。medicommiの記事監修者でもある医学博士の三上貴浩先生の恩師であり、専門は代謝生化学、寄生虫学に熱帯医学です。3月11日に行われた最終講義「呼吸鎖が繋ぐもの」の内容に沿って北先生の功績を振り返り、今後の活動について伺います

<プロフィール>
薬学博士
長崎大学大学院 熱帯医学・グローバルヘルス研究科 研究科長 教授
東京大学 名誉教授
日本生化学会 名誉会員

生化学との出会い

―先生の、生化学との出会いについて教えてください。

大学受験を間近に控えた1969年、御茶ノ水でふと手にした江上不二夫先生の『生命を探る』という新書がきっかけです。それを読んでみて、“生命を化学で理解する”ことに興味を覚え、東京大学の理科二類に入学したのです。そして、生化学で有名だった水野伝一先生のおられた薬学部に進み、安楽泰宏先生の下で研究したのが「大腸菌の呼吸鎖」でした。大腸菌は糖を原料として“生体のエネルギー通貨”と呼ばれるアデノシン三リン酸(ATP)を合成していますが、酸素の供給が変化しても呼吸鎖をスイッチして必要なATPを合成できる、という現象を発見したのです。

―寄生虫を扱うようになったのは、その後でしょうか?

ATPを合成するエネルギー代謝の研究が寄生虫研究と歴史的に関係が深かったこともあって、順天堂大学医学部寄生虫学教室に入りましたが、しばらくは酸素濃度による代謝の変化の研究を続けていました。転機は1984年で、JICAと厚生省中央研究所のプロジェクトでパラグアイに赴いたのです。開高健の著したような野趣あふれる生活に憧れ、また2~3年とのことだったので旅行気分もありましたが、彼の地でリーシュマニア症やシャーガス病など特効薬のない寄生虫の病気に苦しむ子どもたちなどを見て、これは何とかしなければと思いを新たにしました。

―理学的アプローチから国際保健へと視点が広がられたわけですね。帰国後はどうされましたか?

いったん順天堂大学に戻った後、寄生虫学のメッカで小島莊明教授が若手を集め始めていた東京大学医科学研究所に助教授として移りました。1991年のことです。30人もの学生が1人1テーマで取り組ませてもらえたので、1つの研究室でも多くの寄生虫を扱って、活気にあふれていましたね。
私は寄生虫のエネルギー代謝のモデル系として回虫の研究をしていました。回虫はサイズが大きいので生化学的解析を行いやすく、C. elegansという実験用モデル生物のバイオロジーを応用できたので、これで酸素の有無によるスイッチを探求し続けたわけです。


回虫は卵の時は酸素を使いますが、人間の体に入ると酸素のない状態で寄生しているのです。その時には酸素の代わりにフマル酸というものを使ってATPを作っているんですね。それで、同時にコハク酸というものも作るのですが、これが実は旨み成分でもあるのです。面白いことに、貝も水があれば蓋を開いて水の中の酸素を使いますが、日が照れば蓋を閉じて酸素がなくなるので、回虫と同じメカニズムでコハク酸が溜まっていくのです。だから、潮干狩りで獲った貝は旨みの塊なんですね。

創薬への挑戦

―酸素があるかないかで代謝が変わるというテーマが一貫していますね。創薬に向かわれ始めるのはその頃でしょうか?

そうですね。パラグアイで特効薬のない病気の実態を思い知らされたことがベースにありますが、この頃ちょうど、後の2015年にノーベル生理学・医学賞に輝くことになる大村智先生の北里研究所との共同研究が始まり、この系をターゲットにして抗寄生虫薬をめざすようになりました。
三大感染症といえばエイズ・結核・マラリアですが、WHOがリストアップした「顧みられない熱帯病」18疾病のうち、半分以上が寄生虫によるものなのです。

ウイルスや細菌と違って寄生虫はワクチンを作れないので、基本的には化学療法なんですね。実際、その中のアフリカトリパノソーマ症、シャーガス病などの特効薬の標的として、寄生虫にしかない特有な代謝系に取り組もうというので標的としたのが、ミトコンドリアです。 “細胞のエネルギー工場“とも言われる、ほとんど全ての生物の細胞に含まれる小器官で、酸素を用いてATPをつくり、宿主のエネルギー源となるものです。
その頃新たに、タンパク質の立体構造化学がご専門で当時東京大学薬学部(現京都工芸繊維大学)の原田繁春先生との共同研究をスタートさせ、ストラクチャーベーストドラッグデザインといって、標的の立体構造を解いて、薬を開発するスタートとなるリード化合物を探っていきました。

―特効薬実用化の近い病気は何でしょうか?

アフリカ睡眠病ですね。結核の研究でノーベル賞を受賞したロベルト・コッホが1906年に撮影した写真に、その患者が写っています。この病気は、ツェツェバエというハエの仲間が吸血する際にアフリカトリパノソーマという寄生虫が感染してきて、ヒトではアフリカ睡眠病、家畜ではナガナ病を引き起こします。中枢神経系をやられ、最終的にはこん睡状態になって死に至る、恐ろしい病気です。人間へのダメージも重大ですが、実は、家畜の問題はアフリカの貧困にもつながっています。アフリカでツェツェバエの生息地はアメリカ合衆国に匹敵する面積がありますが、その広大な地域ではナガナ病のために、トラクター代わりとして農業を支えるべき牛が飼育できなくなっており、結果としてアフリカ農業の足かせとなって経済的発展を阻害してしまっているのです。
薬は4種類ほどありますが、皆古い薬で副作用が強く、ある薬では子どもの1/4が亡くなってしまうほどです。また、経口薬がなく注射か点滴のみで、アフリカの衛生状態でこれは難しいことです。コッホの時代から100年以上経った今でも、その状況は変わっていません。求められるのは、経口投与ができて安全で、「顧られない」様な経済力でも使えるようなより低コストの薬です。そうして見つけたリード化合物が「アスコフラノン」です。

―どのような物質でしょうか?

人間はシアンを摂取したらすぐ死んでしまいますが、トリパノソーマが生きていくのに重要なTrypanosome Alternative Oxidase (TAO)というシアン耐性酸化酵素があり、これを標的としました。アスコフラノン自体は、東大の農芸化学科で天然物からさまざまな生理活性物を見つけられていた田村学造先生が1972年に発見されたものです。


即効性はものすごく、マウスのサンプルで観るとアスコフラノンを投与して3分でトリパノソーマは形が崩れだし、うじゃうじゃといたトリパノソーマが1匹もいなくなるんです。そのメカニズムは、トリパノソーマの解糖系によるエネルギー代謝の抑制です。1995年の研究では、アスコフラノンをnM(Mはmol/Lのこと)オーダーという非常に低い濃度でも入れると、トリパノソーマの呼吸がどんどん減りました。一方、その100倍を加えてもわれわれ哺乳類のミトコンドリアの呼吸は変わらないという、魔法の弾丸的な意味でとても良いものが見つかったわけです。

―低コストという課題は、どのようにクリアされたのでしょうか?

鳥取大学の斎本博士が250ほど誘導体を作ってくださり、そのIC50(50%阻害する薬の濃度)を比較していきました。アスコフラノンは0.13 nMとものすごく低い、つまり効きが良いのですが、分子のいろいろな部分を改変したりしてこの数値を調べていくと、重要な部分が分かってくるのです。そうやって今は、4つ完全合成した誘導体がマウスを完治させるところまで来ています。


また、 大学院生達の研究によって、アスコフラノンの構造活性相関の研究から芳香環部分の重要性が証明されました。こういうことは、製造コストの削減につながるので大変有益なのです。

実用化へ向けて

―人間への実用化はどうでしょうか。

ヒトにも使いたいけれど時間がかかるので、まずはアフリカの経済を大きく阻害もしている、家畜のナガナ病対策を優先させ、ザンビアなどで流行調査を進めています。アフリカでは一家で牛を1~5頭くらいずつ所有してトラクター代わりとしているので、その牛がナガナ病に感染してしまうと農耕自体ができなくなってしまうのです。また、現在使われている抗ナガナ薬のベレニールは発がん性が高く、治療後40日は食用の出荷は禁止されています。食の安全という意味でも、牛やヤギへの実用化には力を入れています。
また、アスコフラノンに思っても見なかった抗寄生虫作用があるというのが数年前に分かったのですが、それがエキノコックスに対してです。北海道に多い寄生虫で、サナダムシの仲間です。今は薬がなく、キタキツネが終宿主となって、その糞にいる虫卵を中間宿主であるエゾヤチネズミが食べるとその中で幼虫が増えていき、それをまたキタキツネが捕食して増えていくという循環です。人間の病気としては、肝臓に穴が開いて死に至るというもので、これについても薬がありません。

―エキノコックス対策はどのように進めていくのでしょうか?

北海道では毎年40~50人ほど新しい患者が出ており、人間は免疫があるので治まるケースもありますが、大きくなる場合には袋を破らないよう切除となります。この創薬に、先ほどのフマル酸還元系がターゲットになるんですね。実はエキノコックスも袋の中で生きているので、酸素なしでの代謝をしているんです。そこで回虫成虫の複合体Ⅱの立体構造を解いて、哺乳類にはないような隙間が回虫の酵素には存在するといったことを発見していたので、エキノコックスは立体構造は作れないのですが、ある程度予想をつけ、いくつか阻害剤の候補を調べた結果、アスコフラノンが見つかりました。また、アトペニンA5は大村智先生と見つけた史上最強の複合体IIの阻害剤ですが、哺乳類に効きすぎてしまって副作用が強く、使えないと思っていたのですが、実は最近、ある種のがんや心筋などの虚血時に再還流させると発生してしまう活性酸素をアトペニンA5で止められることが分かってきました。

―それも創薬が期待されますね。

他にも、トリパノソーマの薬がいろいろなものに効くことが分かってきています。ある種の固形がんは低栄養低酸素で寄生虫と似たような状況にありますが、この酸素なしにATPを作る仕組みはエネルギー代謝だけでなく核酸代謝にも大事だというのがわかってきたんです。核酸というのはDNA/RNAの材料ですが、その中にピリミジン合成系というグループがあり、がん細胞が増殖するにはDNA/RNAを大量に作らねばなりませんからがん細胞にとっては死活問題。偶然シャーガス病に対する実験の中から、アスコフラノンがこれに効くというのが発見できました。
研究をしているとセレンディピティとまで行かなくても、突発的なことがブレイクスルーのきっかけになることは割りとあって、特に後々大きく展開するような場合には、よく起こる気がします。実際にアスコフラノンはすい臓がん由来の細胞株を用いて、低栄養低酸素の条件で増殖を阻害します。
要するにアスコフラノンは、トリパノソーマやエキノコックスといった寄生虫に対しては、高い活性を示しますが、正常な細胞に対しては、低栄養低酸素ではないので問題も起こさず、高い安全性を保てます。一方、低栄養低酸素では、ある種のがん細胞に対しては増殖を止めるということで、副作用なしにがんを叩くことができるだろうと考えられるわけです。あと解決すべき問題は低コストに抑えることだけで、大量生産法の確立に向けていま発酵と化学合成を組み合わせた方法を検討中です。

―アスコフラノンのほかに、何かありますか?

アミノレブリン酸というアミノ酸の一種で、SBIファーマからサプリメントとして販売されていますが、これが実は、がんの治療や脳神経外科の手術などでできるだけ少なく切除したい時にも役立っています。ALAはアミノ酸の一種でヘモグロビンの中に入っているヘムの材料です。そのヘムに酸素がくっつくのでそれで酸素を体内に運びます。がん細胞はアミノ酸を大量に取り込みますが、ヘムに鉄をくっつける酵素がなぜかがん細胞では非常に活性が低いため、がん細胞は鉄のないヘムをいっぱい溜めるんです。これに白い光を当てると毒性の高いもの、活性酸素などがいっぱい出てくるので、白色光を当ててがん細胞を殺す方法があります。もう一つ、青い光を当てると赤い蛍光を発するので腫瘍部分が明確になり、がんの取り残しを防ぐことができるのです。肝臓がんのように再生する臓器であれば少々大きめに切除すればよいですが、脳腫瘍など切除を最低限にすべき場合には大変有効です。ヨーロッパや一部日本でもその用途で使われ始めています。
あとは、ALAを飲んでおくとお酒を飲みすぎても二日酔いを防ぐ作用もあります。ALAを飲むとヘムがたくさんできて、呼吸鎖の成分が増え、肝臓のミトコンドリアが活性化してATPがたくさんでき、肝臓の解毒作用が上がるんです。
そのほか、糖尿病に効くというデータもあるなど、ALAはいろいろな可能性を秘めていますが、私はALAをマラリアに使うところで共同研究をしています。

―退職後もまだまだ楽しみですね。

三上先生が論文を書いた「低酸素・低栄養下におけるヒト膵臓癌由来細胞株のミトコンドリア呼吸鎖再構築による適応代謝」もフマル酸呼吸をキーワードにした研究で、心臓の虚血再還流障害の予防も含め、応用編として面白く、実用化できるのではと期待しています。
私の研究室からはこのようにたくさんの人が輩出されていて、アカデミックに立場を得ている人もいれば、世界中に広がって医療現場の最前線で臨床とともに研究を重ねている人もいて、たいへん楽しみにしています。私自身も、今後は長崎を本拠に、研究を続けていきたいと思っています。

 

(プロフィール)
長崎大学大学院 熱帯医学・グローバルヘルス研究科 研究科長 教授
東京大学 名誉教授
専門は生化学、分子寄生虫学、熱帯医学、国際保健学。1974年東京大学薬学部卒業、1980年東京大学薬学系大学院博士課程修了、薬学博士(東京大学)。東京大学理学部・植物学教室助手、順天堂大学医学部・寄生虫学教室助手、講師、イリノイ大学客員研究員、東京大学医科学研究所・寄生虫研究部助教授を経て、1998年より東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻生物医化学教室教授。2008年~2011年 同大学医学部健康総合科学科 学科長、2011年~2015年3月 同大学医学系研究科 副研究科長・副医学部長を歴任。2015年4月より長崎大学大学院熱帯医学・グローバルヘルス研究科長に就任。
2002年日本寄生虫学会「第49回小泉賞」、2012年日本熱帯医学会「第9回日本熱帯医学会賞」、2013年厚生労働省「第11回産学官連携功労者厚生労働大臣賞」受賞、2016年ポルフィリン-ALA学会「ポルフィリン-ALA学会賞」受賞。

関連記事