記事監修医師
東京大学医学部卒 医学博士
エジプトのミイラにも感染の痕跡があるという天然痘は、1980年5月、WHOが世界根絶宣言を行なうまで、人類を最も苦しめた病のひとつであったといっても過言ではありません。ここでは、天然痘の症状や原因、治療法について解説します。
「天然痘」は正式名を痘瘡といい、紀元前1万年以上も前から「死亡率が最も高い伝染病」として恐れられてきた疾患であり、人類が勝利を収めた感染症として唯一の疾患でもあります。勝利のために取られた対策は、天然痘ワクチンの開発と、感染者とワクチン未摂取者とが接触しないようにするという極めてシンプルな対策でしたが、これが功を奏しました。
20世紀だけで、2~3億人が死亡したといわれる天然痘は、1980年のWHOによる世界根絶宣言以降、患者は確認されていません。
感染する原因は、天然痘ウイルスで、飛沫感染や患者の皮膚への接触の他、近距離でのエアロゾル(微粒子)による気道感染、さらに患者の衣類や寝具などからも感染します。
人から人への感染経路しかありませんが、ワクチン接種を受けていない人への感染力が非常に強く、10日程度の潜伏期間を経て発症します。
また、その感染力の強さは発疹がかさぶたになった後も1年以上にわたって持続するほどで、低温や乾燥に強い特性を持ちます。しかし、ワクチンの効果は非常に大きく、アルコールやホルマリンを使っての不活化も容易です。
感染すると、10日程度の潜伏期間を経て、まず40℃に達することもあるような、急激な発熱が起こります。その後、倦怠感や頭痛、腰痛といった症状を経て、2、3日後、顔面を含む全身に発疹が出ます。
発疹は、黒っぽいかさぶたになり、それがとれた後は色素沈着があったり、顔に“あばた”として、一生残る跡ができたりします。
また、かさぶたがすべて完全にはがれるまでは感染の可能性があるため、患者の隔離が必要です。
さらに、悪化すると死に至る他、敗血症や気管支肺炎、脳炎などの合併症を起こすことがあります。
天然痘に感染してしまったら、4日以内に種痘と呼ばれるワクチンを接種します。この効果は5年、持続します。
このワクチンは、もともと英国の開業医Edward Jenner が天然痘の予防法として、1796年に発明したもので、それが根絶宣言まで改良を加えられながら使用されていました。
発疹期に大事なことは、皮膚など患者の体の衛生を保持することですが、二次感染があった際には、抗菌薬を投与します。また、治療中に重篤となった場合には、鎮痛剤が投与され、水分補給、栄養補給を行ないます。
種痘は大変、有効ですが、副作用の危険があります。10 ~50 万人接種あたり1 人の割合で脳炎を発症し、その致死率は40%といわれています。
他にも、全身性種痘疹や接触性種痘疹、湿疹性種痘疹などの副反応が起こることもあり、発症した場合は患者の隔離が必要です。さらに、患者と接触した人(可能性がある人全て)に天然痘ワクチンを行なわなければなりません。
ちなみに、世界根絶宣言により、1980年に種痘は法律的に廃止されました。また、種痘ではなく、現在日本が保有する細胞培養ワクチン(LC16m8)には、従来あった副作用がほとんどみられないと報告されています。
かつて天然痘は、高い確率で死に至る病でした。現在は根絶され感染の心配はありませんが、バイオテロによる患者が発生した場合は、国家備蓄ワクチンを患者と患者に接触した人に接種します。ワクチンは天然痘ウイルスにさらされた後に接種しても重症化を抑える効果があるとされているので、大きな不安はないでしょう。