東京慈恵会医科大学外科学講座統括責任者 大木隆生先生インタビュー(中編)

2018/1/6

1995年、32歳の時にアメリカで当時最先端の人工血管「ステントグラフト」の開発に携わり、名門アルバートアインシュタイン医科大学の教授となった大木隆生先生。2006年に帰国後は、母校の慈恵会医科大学血管外科でステントグラフトの第一人者として日本の血管医療をリードして、いわゆるスーパードクターとしてメディアに数多く取り上げられ、中でも2009年のNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」は大きな反響を呼びました。同時に同大学外科学講座の統括責任者チェアマンとして、「医療崩壊」と評され疲弊し切っていた医療現場の建て直しに尽くされています。その改革の様子や思いを伺いました。

医局を「ウエットでおせっかいな村社会」にすることで、求心力を高める

―血管外科の教授としてステントグラフト手術で腕をふるい、後進を指導するほかにも、外科全体のチェアマンというお役目がありますね。

大学病院の外科というと多くは第一外科、第二外科とナンバー外科、あるいは消化器外科、呼吸器外科と臓器別になっていますが、慈恵医大では2003年に4つの独立したナンバー外科を統合して大講座制に移行していました。他の診療科に比べてキツイと言われ、全国的にも外科離れが起きていましたが、慈恵医大でも外科の求心力が失われ、2000年には220人ほどいた医局員が、私の帰国した2006年には196人にまで減っていましたので新入医局員を集めてこの組織を立て直すのが、チェアマンとしての大命題でした。

アメリカでは、がんばった分だけ給料もポジションも上がる仕組みがありますが、日本の大学組織では、年功序列的な環境ですのでそうしたインセンティブは利かせられません。経済的動機付けのない中、どうしたら皆のやる気を引き出せるか、一生懸命に頭をひねりました。私自身がアメリカに、日本での医師としてのキャリアを止めて渡り、ステントグラフトの開発をするために無給から始めて、開発実績や技術を認められ、米国医師免許や永住権まで取得できて一億円プレーヤーにまでなれたのは、持ち前の好奇心や世の中を良くしたいという根源的な気持ちが仕事や研究に没頭させてくれた結果ですが、それを全ての医局員に求めるわけにはいきません。

それで思いついたのが、部活でした。経済的なインセンティブなど全くなかったのに、情熱をもって仲間と打ち込めた部活がモデルでした。私は大学時代は硬式テニス部でしたが、種目は何でも構いません。野球でもサッカーでも、腕相撲でさえも良かったのだと思います。それはツールに過ぎず、大切なのは寝食を共にする仲間がいて、そこに切磋琢磨があり、喜びも辛さも分かち合う運命共同体だったということです。

―大木先生が提唱されている「トキメキと安らぎのある村社会」ですね。

外科ではまず、絆や帰属意識を深める「ウエットでおせっかいな村社会」をめざしました。仲間意識が芽生えれば、自然と切磋琢磨する雰囲気が醸成されると考えました。そこで共に過ごす時間を増やそうと、私がホストである月例チェアマン・夕食会という40人ほどの飲み会を毎月行い、もう通算115回を超えました。のべ参加人数で4000人以上です。医局の誰かが昇進などあればすぐ祝賀会を開催しますし、ワールドカップなどスポーツイベントがあればパブリックビューイングするなど、とにかく集まって時間を共有し、盛り上がります。ホストの私は参加者全員と話しますし、学生相手に将来の夢を聞いたり、今後の医療について語り合ったりもします。
ゴルフを国技ならぬ医局技として、定例でコンペも行っています。ゴルフは老若男女を問わず楽しめますし、心技体のバランスが外科手術に近いという面もあります。中でも重要なのは「心」。林に打ち込んでしまったときにグリーンをどう狙うのか、急がば回れで横に出して安全に攻めるか、猪突猛進で最短コースにいくかが問われるように、外科手術でもトラブルに遭遇した時に勇気ある撤退か、強気に限界まで攻めるかが問われるものです。

例えば動物やシミュレータで手術するなどプレッシャーのない状況であれば、一流の腕前を披露できる外科医はたくさんいるでしょう。それが対象が生身の人間でその裏に人生や家族があり、麻酔科医が、病院が、世間が見ているから難しいのです。ましてや日本では、医療ミスと見なされれば医師個人が責任を問われかねません。どんなプレッシャーがあってもシミュレータの手術と同じようなパフォーマンスができるか、平常心が重要です。平常心を保つ秘訣は、しっかりとした手術適応、シャドーボクシングを含めた入念な準備、そして患者さんとの信頼関係構築です。この三つが揃っていればメンタルが強い弱いにかかわらず、いかなる事態に直面しても動揺することなく平常心を保てて本来の力量を発揮できるはずです。逆に、平常心を失ったメスは容易に凶器になりますので技術の高低よりずっと大事だと思います。

ゴルフをやる理由としては後付けで、要は皆で競技性のあるものをやりたいのと、ラウンド中に会話も弾むので社交性も身に付くスポーツですから、若い医師にはぜひやってもらいたいです。いずれにしても、ウエットでおせっかいな村社会形成の一助となっています。先日、第20回大木杯ゴルフコンペを開催しましたが、外科医が83名も集いました。これは医局員が290名いて、かつ求心力が高くないと実現できない事ですので誇らしいです。

無人島でもらうノーベル賞よりも、仲間に祝福される社長賞を心の栄養に

―いまどきの若者でも、ちゃんと付いて来られているのですね。

医局の居心地は良くなったと見え、2006年に196人だった医局員が2017年には約290人と、それ以前よりもはるかに増えています。むろん、「慈恵医大の外科はウエットでおせっかい」だと覚悟した上で、その人間関係の濃い中に集まるわけですが、定年や開業による退局を含めてもこの伸びですから、新入医局員の数を見たら私がチェアマンに就任してからの10年で約180名が外科に入局しました。
私は、外科志望の医師が減ってしまった背景には、3Kと揶揄される実際の仕事のキツさ以前に、外科医自身が「疲れた、キツい、やってられない」とボヤいていたことがあるのではと思っています。それを見た学生や研修医は、決して外科には進みたいとは思わないでしょう。

たしかに、医療事故が起きるたびにメディアでバッシングされているのは外科がほとんどです。横浜市大病院の患者取り違え、女子医大の心研(心臓血圧研究所)騒動、慈恵医大青戸病院事件、東京医大病院の心臓手術の件、最近も群馬大学病院や千葉がんセンターの腹腔鏡の例など、どれも外科が対象となっています。過酷な労働条件の上に、こうした医療ミス報道などのバッシングのために、心が折れてしまう外科医は少なくありません。こうして外科医がぼやき、外科医が萎縮し、輝きが失われることで外科志望者が減るばかりか、過度に厳しいインフォームドコンセントのせいで患者さんの医療不信が募る結果となっていると思います。

2009年にNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で2ヵ月の密着取材を受けたときに、他では手術不能という難易度の高い大動脈瘤で、今も当時も使用できる医師が限られていた枝付きステントグラフトを使う手術の患者さんを取り上げました。ところが10時間の手術は成功して笑顔で言葉を交わした後で、虚血再灌流障害という合併症を起こされ、亡くなられてしまわれたのです。NHKからは他の患者さんのケースへの差し替えを勧められました。ですが手術に100%の安全、成功はないことを理解いただくためにも、あえてそのまま放送してもらいました。

―通常の医療行為の中で、ミスと言われるのを恐れて守りに入ってしまえば、萎縮もしますし、技術も進まないですね。

ですから、私は「ウエットでおせっかいな村社会」を創るのと同時に、私たちがなぜ外科医になったのかをもう一度考えてもらいたかったのです。それはやはり、技術を高めて自分の腕で患者さんの命を救いたいということ。外科のやりがいや魅力を再認識して若手の前ではグチらず、無理してでも笑顔で明るい医局であろうということなんです。おせっかいな村社会プラス「笑顔」で先輩たちが輝いている、この2つの要素が熱意ある医局員を集める結果をもたらしたのだと思っています。
NHKの取材で「あなたにとってプロフェッショナルとは」と問われて私は、「経済的インセンティブではなく使命感ややりがいを動機付けとして事に当たる、いわばアマチュアリズムの極致」と答えましたが、今もそう思っています。ですから、慈恵医大の外科はアマチュアリズムを追及しています。良い手術を行ってより多くの患者さんを治して、かつての部活のようにそこにあるのは経済的動機付けではなく、使命感や仲間からのリスペクトです。

例えば、われわれ医局の村社会では、臨床・研究・教育それぞれの分野で最もがんばった人への金一封の賞を設けています。コンセプトは、「無人島でもらうノーベル賞よりも、仲間に祝福される社長賞」です。この元にあるのは私自身がアメリカで感じたこと。アメリカでいくら手術を成功させ、メディアで取り上げられて賞賛されてもどこか空しさがありました。

きっかけは1999年にありました。日本で手術不能とさじを投げられた日本人の患者さんがニューヨークに来て、私の手術を受けて元気になって帰っていかれたのです。アメリカ在住の法人向け新聞の一面を飾った、この時の記事の切り抜きは今も教授室に飾っています。日本人からの「ありがとう」の言葉は、私にとっての社長賞でした。それを機に、自分にとっての本拠地である日本、そして慈恵医大で貢献したいという気持ちが芽生えたのです。

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