東京大学高齢社会総合研究機構 飯島勝矢教授インタビュー(後編)

2018/3/13

200gの肉にたんぱく質は35g。その全てを高齢者のカラダは栄養にできない

―フレイルチェックは、特に高齢者の注目を集めていますね。

仕掛けの一つとして、2016年6月に閣議決定された「ニッポン一億総活躍プラン」に、私も有識者の一人として参考意見を出させていただいたのですが、強く要望してロードマップにフレイル予防を盛り込んでもらったのです。一大学の一研究者、一医師が推進を呼びかけるだけでなく、国家プロジェクトとして取り組むべきと思いました。その甲斐あって、地域住民を巻き込み、サポーターも組織して、地方の大都市でも手が挙げられ始めています。順調に受け入れられ、浸透していってくれていますね。

みなさんが実践してくれるのは、自分ごととして理解できるからでしょう。サポーターにも、そのあたりの伝え方は気をつけてもらっていますし、私が市民講座などでお話する際にも、しっかり心をつかめるような話題をふんだんに盛り込みます。

たとえば、200gのステーキに含まれるたんぱく質は35~50gしかありません。一般の人は200gの肉は200gのたんぱく質だと思いがちですし、しかも加齢につれ、たんぱく質同化抵抗性で摂取効率が悪くなるので、若いときほど血となり肉となり、とはなり難くなるものなのです。そうすると、肉だけでなく魚や卵などいろいろな形でたんぱく質を採るよう考えてくれたりするでしょう。

高齢になってから2週間寝たきりになってしまうと、7年分の筋肉が失われるという話も、大抵の皆さんの関心事です。単に、散歩を日課にしてくださいとお願いしてもやってはもらえませんが、寝たきりが本当に怖いものだと実感されると、それなら歩かなくてはと思ってもらえるんですね。そういう、フックになる話題を盛り込むのは効果絶大です。

 

―今後の目標は?

講演やメディアでフレイル予防を知り、大切さに気づいてもらえたとして、その方が何かやろうかと思ってくれたときに、その自治体で受け皿となる活動ができているか、またきちんと広報されているかといった情報整備も、これからは心がけていきたいですね。

具体的に目標として考えているのは、全国に1800ある自治体のすべてにサポーターが配置されることです。そうすれば、どこに住んでいても誰でもフレイルチェックを行っていける社会になります。

もう一つは、個人的に野望と思い定めているのですが(笑)、日常会話にもフレイルを浸透させることですね。「メタボ」は正式な定義を知らなくても、日常的に会話の中で使われる言葉になっているでしょう? 最近太って腰周りが気になる人に「メタボってきたんじゃないですか?」などと茶化すように、いつもの仲間とゴルフしていて自分だけ息切れしてハーフで止めておこうかといった時に「フレっちゃったの? まだ早いよ!」などと言われるようになればいいなと思っています。それで運動不足を自覚できれば、日々の生活でちょっとずつ気をつけるようになるでしょう。それが予防としては一番なんです。

それに、フレイル予防「産業」の活性化にも期待しています。「フレイル対策にこのお肉を」など、産業界がフレイル予防に対して良質な情報提供をしてもらえたらと思うのです。便乗商品が出てこないよう、良質なものとの見極めに目を光らせる必要もあるかもしれません。

 

在宅医療も週1回、自ら行い、学生へも実習導入

―飯島先生の活動として、「在宅医療推進」という柱もございますね。

そうですね。この「高齢社会総合研究機構」が7年前東京大学にできて以来、私はここに属し、2016年からは教授として指揮を執っていますが、ここは学部横断型組織なので、医学部だけでなく看護系、リハビリ、機械工学、都市工学、人文社会系、経済、法学・・・と多岐にわたる学生が属して、有機的に動いています。また、街づくりに花を添える意味で、企業45社とも産学連携を行っています。

そんな風に、大学人でありながら、地域の盛り上げ役に徹しているわけですが、その一方で、やはり私も医師ですから、東大病院の外来も週1回、月曜日に診ています。20年来の患者さんもいらっしゃるんですよ。

そして、やはり週1回、水曜日には、先輩医師が水道橋で営む在宅クリニックを手伝っているのです。個人宅への訪問診療を行っています。きっかけは数年前、国の方針になってきた在宅医療の現場を一度は感じておこうと思い、ある医師に訪問同行させてもらったことでした。その一軒目の患者さんが、多発脳梗塞を起こされた高齢男性で、ちょうど自宅に戻られてきたのです。手足は麻痺で力が入らず、言葉も「アーアー」とだけ。なのに、家庭用カラオケで奥様が村田英雄の『王将』をかけられると、十八番らしく、手に握らされたマイクに向かって「アーアー」なんだけど、しっかりリズムを取られていて、ちゃんと歌って見せたのです。

「自宅」が持つ力をまざまざと感じさせられた一瞬でした。患者から生活者に戻った瞬間を見たわけです。東大病院の病棟ではどう頑張ってもできないことが、そこにはあったんですね。

 

―それで、週1回でも訪問診療を続けようと思われたのですね。

そうです。それだけでなく、医学生にもこの世界を見せたいと、強く思いました。将来は研究や急性期医療に進むのだとしても、医療に携わる以上、一度は地域の医療現場を目の当たりにしておくべきだろうと考えたのです。それで、医学部の5年次、6年次の実習に在宅医療を知るプログラムを2週間組み込みました。土日を除いて実質10日間ですが、毎日在宅医に同行するのではなく、訪問看護師やケアマネジャー、地域の病院のソーシャルワーカーなど、地域包括ケアに関わる多職種に日替わりで密着するのです。

地域医療がどのようなプレーヤーから成っているのかを知るだけでも価値があります。むろん、東大医学部を出ても将来開業医になる確率は少ないのでしょうが、同じ医師として社会に出るときに、地域医療に無頓着・無関心でいては、もう許されない時代なのではないでしょうか。

在宅実習を始めて2年が経ちましたが、彼らが将来どういう医師になるのか、答えが出るのは10年後くらいかもしれません。何かしら影響を与えることができていれば、よいですね。楽しみにしています。

 

―ご自身の10年後は、どうなられているでしょう?

どうでしょうね・・・。実は私は父が産婦人科の開業医で、10代の頃に急逝したのでお酒を酌み交わすこともなかったんです。医院は兄が継いでいますが、私自身も大学に身を置きながら、いずれ開業でもといった選択肢がチラついたこともありました。病気をして、東大病院に入院した時期もあって、大学を続けるべきか悩んだりもしたのです。そんな時に家内が、言葉のビンタで奮起させてくれ(笑)、そのおかげで今があると感謝しています。公の立場で国の仕事にも関われますし、フレイルの赤シールから青シールをめざすように、日本という国の赤信号を青信号に、着実に変えていきたい気持ちですね。日本にとって何が赤信号なのか、どうすれば青信号にできるのかといったところに、一肌脱がねばと思っています。

 

この記事に含まれるキーワード

インタビュー(16)