胃ろうを作らず、最後まで口から食べるためにできること ~ 堀内朗先生イグ・ノーベル賞受賞記念講演会③

2019/3/8

2018年11月29日に、アポプラスステーション日本橋本社にて開催された「堀内朗先生イグ・ノーベル賞受賞記念講演会」では、堀内先生が関心を寄せている高齢者の嚥下障害のこともうかがうことができました。

この記事では、堀内先生がこの課題にどんなふうに取り組んできたのかをご紹介します。

冷凍宅配食の「ナッシュ」
冷凍宅配食の「ナッシュ」

クリーンコロンの次なる課題は「誤嚥性肺炎」

大腸内視鏡検査でクリーンコロン(大腸内にできたポリープは、大きさに関係なくすべて取り除くこと)ができると、少なくとも大腸がんで命を落とすリスクは下げられます。

また、胃がんの原因のひとつとされるピロリ菌を除菌し、タバコを吸わず、お酒もたしなむ程度にとどめる生活を心がければ、がんで命を落とす可能性をかなり下げることができます。

検査を受けたり、生活習慣の改善を心がけたりして、誰もが長生きできるようになったとき、次に乗り越えなければならない課題は「誤嚥性肺炎」である、と堀内先生は言いました。

<堀内先生談>

80歳からの戦いは「誤嚥性肺炎になるか、どうか?」で、90歳のもう、ほんとに死亡率で一番高いのは、誤嚥性肺炎になっております。80歳から、だんだんと誤嚥性肺炎で亡くなっていくんですよね。

誤嚥性肺炎を予防するための対策として「胃ろう」が選択されることがあります。

胃ろうを作れば胃から直接栄養補給ができるようになるので、誤嚥性肺炎になるリスクを下げることができます。しかし、自分の命を守るためとはいえ、口から食べ物を味わえなくなるのはショックが大きいことでもあります。

堀内先生は、どうすれば最後の瞬間まで胃ろうを作ることなく過ごせるのかを考えるようになりました。

<堀内先生談>

90歳代の方で、なかなか食事が取れなくなってきても、なぜかミルクなんかはちゃんと飲めるんですね。

だから私としては、胃ろうを作らなくてね、チューブをつけずに、何とか餓死しないで死んでいく方法はないかを提案したい。

そのためにも、最後何を食べたらいいかって言うのをね、提案できたらと思うんです。

メモ:誤嚥性肺炎とは

誤嚥(ごえん)とは、食べ物や唾液が食道ではなく気管に入ってしまう状態です。

本来、食べ物などが気管に入ると、反射機能が働いて気管から出そうとするのですが、この機能が弱くなると気管から出せなくなります。このことが原因で肺炎になることを「誤嚥性肺炎」と呼んでいます。

誤嚥性肺炎になると、発熱や激しい咳、息苦しさ、黄色い痰(たん)が出るといった症状がみられます。

抗生物質を服用すれば治るものの、高齢者の誤嚥性肺炎は再発しやすいため、治療を重ねるうちに耐性菌ができて完治が難しくなることが問題になっています。

堀内先生の取り組み①:経鼻内視鏡と兵頭・駒ヶ根スコアで嚥下障害を客観化

堀内先生が最初に着目したのは、細径スコープの導入により使用頻度が少なくなっていた経鼻内視鏡でした。せっかくだからこの経鼻内視鏡を使って、嚥下の動きを検査してみようと考えたのです。

そして、「兵頭・駒ヶ根スコア」を作成しました。「兵頭・駒ヶ根スコア」では、経鼻内視鏡検査をしながら4つの検査項目について点数(0~3点)をつけます。

終わったら点数を合計し、0~7点までであればペースト食を口から食べる力がある、と判定できるようにしました。

<堀内先生談>

経鼻内視鏡って送気送水(編集部注:内視鏡を使いながら、空気や水を送り込めること)が出来るので、きれいに喉の中を映すことができます。何にもないと曇っちゃうんですね。

まず、唾液の有無を確認します。それから気管のあたりまで進んで、感度をチェックします。「げぇーっ」てなったら感度はいいけど、感度が悪くなると反応しなくなっちゃいます。

そして、水分ゼリーを飲んで、この点数付けします。で、7点以下だったらちゃんとペースト食で食事がとれるよー、ということを伝えたんですね。

経鼻内視鏡を使ってみるとですね、非常にいろんなことがわかるんです。たとえば、鼻に管が入っていって、この管がこの嚥下を邪魔しているとか、管を抜いてあげたらすぐ食事が摂れるようになった、とかね。

堀内先生の取り組み②:食事の「とろみ」を研究

次に堀内先生が着目したのは「食事のとろみ」でした。

食べ物を飲み込む働き(嚥下)が悪くなると、食べ物が喉に引っかかりやすくなります。そのため、ミキサーなどでペーストにしたり、とろみをつけて喉ごしをよくしたりします。

しかし、嚥下障害がひどくなっている人の場合、とろみをつけた食事ですら喉に引っ掛かって残ってしまうことがわかったのです。

このような人たちが胃ろうにするのを少しでも遅らせる、あるいは、最後まで胃ろうを作らずに過ごさせてあげるにはどうすればいいかを考えるために、先生は「とろみ」の研究を始めました。

そして試行錯誤の末、粘り気の少ないとろみ剤を使えば、一定スコア以下の嚥下障害の人であれば口から食事を摂ることができることがわかったのだそうです。

<堀内先生談>

胃ろうを作るか作らないかの瀬戸際にいる、嚥下が悪くなった人達にどうするかって言うと、とろみ剤を入れた食事を摂ってもらいます。

ここまではご理解いただいていると思うんですが、とろみ剤も、嚥下障害がもっとひどくなるとかえって付着するだけで、喉に溜まって問題になるんですね。

その方達に対応するために、今、私どものところでは、たとえば、ペースト食の質を変えています。そうしたら、また口から食べていけるんですね。

とろみ剤も必要なんですが、とろみ剤も合わなくなった人たちのためにどうしたらいいかを考えていく必要があると思うんです。

たとえば、私が勤める病院だと、このような人たちにニュートリー株式会社の「ソフティアU」というゲル化剤を使っています。「ソフティアU」は付着性が少なく喉ごしがいいので、とろみ剤が合わない方でも口から食べることができるんです。

メモ:嚥下機能を回復するには?

講演の中で、嚥下機能を少しでも回復するのにおすすめの訓練を教えていただきました。

それはお祭りの露店などで見かける「吹き戻し(ピロピロ笛)」)を吹くこと。「吹く」という行為が嚥下機能の回復によいそうです。

次の目標は「胃ろうを必要としない社会」にすること

今回の講演では大腸内視鏡検査のことを中心にお話くださったのですが、堀内先生の関心は大腸検査だけにとどまらず、高齢者の嚥下障害や誤嚥性肺炎のことなど、近い将来問題になるであろうことにまで広がっていました。

間もなく命を終えようとする人であっても、最後まで口から食事を摂る生活を過ごせるようにしてあげたい、もっと嚥下障害やとろみ食のことを身近な問題として実感してもらいたい、そのためにも、国を挙げてこの問題に取り組んでいけるような社会を作っていきたい、という言葉で講演は終わりました。

*  *  *

私たちが生きていく上で、食事を摂ることは欠かせません。お話を伺いながら、今は当たり前のように口から食べているけれど、年をとるにつれて、この「当たり前にできていること」ができなくなるのだ、ということを改めて実感しました。

また、食事の形や質は変わっても、口から食べることは人が人として生きていく上で重要なことのように感じています。そう遠くない将来、自分にも起こりうることであることを忘れずにいようと思います。

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