【特集】癌と闘う日本フットサルリーグ鈴村拓也監督・久光重貴選手インタビュー③ 〜 明るい未来の展望 〜

2017/8/15

日本フットサルリーグ(以下、Fリーグ)には、闘病生活を乗り越え、今なお活躍しているお二人の方がいます。
Fリーグ・湘南ベルマーレに所属している久光重貴選手と、
Fリーグ・デウソン神戸の元プレーヤー、現・同チーム監督の鈴村拓也監督。
お二人は癌の告知を受けてもなお、フットサル選手・監督として戦い抜いており、その力強い姿は癌患者だけでなく多くの人に希望を与えています。

今回は、がん保険の必要性やお二人のフットサルリボン活動を含む目標などについてお話を伺いました。シリーズ最終回です。

鼻水革命 Nasaleze ナサリーズ
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がん保険の重要性

− 癌を発症した時、がん保険には加入していましたか。

鈴村監督(以下、鈴):僕の場合は、通常の生命保険に加入していて、そこにがんに対応する治療保険もつけていました。特にがん保険に加入しようと思ったわけではありませんし、家庭もあり、第二子を授かった時期でもあったので、生命保険に加入したという流れでした。

入っていた生命保険は最先端医療の治療費を網羅するものではありませんでしたが、“入院一日あたり○○円”といった給付金を受けることが出来ましたし、放射線治療と抗がん剤治療を中心とした治療でしたので、僕の場合はすごく助かりました。僕が加入していた保険には、癌を発症した際は、その後の保険料を支払わなくてよい特約(保険料払込免除特約)が付加されていたので、その後保険料の支払いがない点も助かりました。
勿論、治療方法はがんの種類や状況によって全く異なるので、あくまで、僕の場合はたまたまということです。

久光選手(以下、久):僕の場合はがん保険には加入しておりませんでした。ですので、収入の範囲内で治療を賄わなくてはいけなかった為に、しんどかったことは事実です。でも高額療養費制度もあり、大きな支えになりました。ただ、出費の事は常に気にしておりました。
自分が癌を発症した後に、同年代と話をしていて気づいたのですが、皆も僕と同じように、未加入の人が多いんです。僕自身も、まさか自分が、と思いましたし、準備もしてなかったのでよくわかるのですが、一方でお金の事を気に懸けながら治療を考えるのは大変なストレスです。
今はがん保険に対して検討しておけばよかったな、と感じています。

− がん保険の必要性についてどうお考えですか。

鈴: 保険料の支払いなどはお金に関わる問題ですから、一人一人の判断になると思います。ただ、僕の場合は、自分ががんになるなど全く考えていませんでした。そんな、「まさか自分が」という事は誰にでも起こり得ます。今はがん保険の種類も多いので、一人一人自分に合ったニーズを考えて加入を検討するのが良いのでは、と思います。

久: 僕自身の経験からも、がん保険に加入していればよかったと強く思います。当たり前ですが、気付いてからでは遅いのです。また、同じ患者さんの中にも、がん保険に加入していなかった為に、大変な思いをした方がいました。
その患者さんの場合にはご家族もあって、ちょうどお子さんの進学に関わる出費の多い時期と重なってしまったのです。ご自身の治療もお子さんの成長も、どちらも等しく大切なことは言うまでもありません。ですが、保険に入っていないで、金銭的に余裕がない場合には、病気の上に更なる悩みを抱えることになってしまいます。
若い人達も含めて、将来の事を考えてがん保険の加入も検討してもらいたいと思います。また、意外と知られていないように感じますが、加入手続きをとっても、すぐに保険適用となるわけではありません。保障が始まるまでには一定期間の待ち時間(責任開始日まで)があります。この待ち期間中に発症した場合には保証はされませんので、注意が必要です。

フットサルリボンへの関わり方と想い

− お二人は、Ring Smileという一般社団法人を通して、フットサルリボンの活動をしていらっしゃいます。フットサルリボンについて教えてください。

久:病気の治療をしている子供達に対して力になれればという思いから、僕たちは病院内の施設でフットサル教室を行う“フットサルリボン”を始めました。退屈な入院生活を送っている中で、自分がどんな治療をしているのかわからず不安な子供達に、少しでも元気と希望を与えたかったんです。

子供の笑顔が親御さんの笑顔に繋がって、親御さんの笑顔がそこにいる医療従事者に繋がって、そしてその医療従事者の笑顔が僕らの笑顔に繋がる。その笑顔の連鎖を大事にしています。Ring Smileという名称はそんな笑顔の連鎖を作り出したいという願いから来ています。

親御さんは、病で寝ている子供の姿をスマートフォンで撮ることはあまりないけど、病院内で子供がボールを蹴っている姿は残したいと思って撮る。その姿を見ていると、本来この活動は子供達を支援しているけど、実は親御さんの支えにもなっているのかなと思ったりします。お父さんお母さんが子供の病気に対して、自分の責任だと後ろめたく感じている部分を、少しでも崩してあげられるような活動として、これからも継続していきたいです。
活動を継続するためには僕らだけでなく、多くの方の支援が大きな力になります。
支援を受けるためにはその活動があることを知ってもらうことも一つですので、活動を広めていきながら子供達の笑顔を広げていきたいです。

− 活動を始めたきっかけや、大事にしている事はありますか。

久: この活動を始めたきっかけの中で、いつも自分を応援してくれていたお子さんで、後に小児がんになってしまったお子さんの存在があります。また、鈴さん(鈴村監督)のお子様がうまれるタイミングでもあって、子供達が接点としてあってのスタートだったので、子供の笑顔を大事にするところはぶらしてはいけない。それがあっての大人の笑顔ですから。フットサルリボンでは選手・元選手を連れてって一緒にボールを蹴っていますので、子供達も選手とふれあうことで、「退院したらこの選手/監督のフットサルの試合を見に行きたい」など、退院の目標をもってもらうことも大切にしています。

鈴:お父さんや先生もボールの取り合いをしたり、看護師さんもテンションがあがってたりすると、「写真撮ろう〜!」とか、本当にどんどん笑顔が連鎖していくのがわかるんですよ。写真に映る人に笑っていない人はいないですよ。それを見て僕らもパワーをもらうんです。

久:健康でいることが当たり前ではないということを、その子達と触れ合うことで、選手達にとっても考えさせられ、頑張る力をもらっています。
アスリートとして、子供達に夢を与えることは絶対に大切であり、必要な仕事。
そこはなんとしてでも確立していきます。

現在の状況、今後の展望

鈴: 僕は、検診は3ヶ月に1回くらいですかね。最初は一週間に一回とかでしたが、徐々にスパンが開いていきました。年に一度CTなどで別途検査もしています。スケジュール上、練習後にしか検査にいけないので、そこに耳鼻科と放射線の検診を合わせてもらっています。

久: 僕は選手として練習をずっとやりながら、基本的に月1で病院にいっています。

今シーズンの目標

− 最後に、お二人のこれからについて、お考えを教えてください。

鈴: 監督一年生で6試合終わって(※取材当時)、何が今大事で何を考えるべきか。選手と向き合う環境で病気と向き合った経験を生かしながら“人と向き合う”をキーワードに、強い選手・チームを作りたいなと思いますし、監督として応援してもらえるような監督になりたいと思います。
成績はまだまだですが、自身もチームも成長しているのでチャンピオンの王座に引き上げたいです。
ヒサは若い選手たちに色々な経験を伝えて以降、飛躍的に湘南の選手は強くなったと僕は感じているし、僕もそんな存在にならなければいけないと思っています。主治医と向き合い、病気と本気で向き合ったように、選手にたいしても本気になって向き合えばゴールはちゃんと見つかると思うし、問題があってもコミュニケーションで解決できると思います。病気で“向き合った”経験をいま生かそうとしています。

久:「どんなにうまいことを監督が教えても、聞く側が吸収する気がないとしょうがないぞ。」と言われたことがありますが、僕たちの発信することについて、聞く耳をもってくれていることが伝わっているので、クラブに関わる人たちには本当に感謝しています。
僕個人としては、普通の選手とは違う状況ではあるので、自分にできる事やるべき事を、その都度把握して、自分が生きてきて、こういうことをやってきたという結果を残したいと思います。大きなことや、沢山のことを残すのではなくて、自分にできること一つ一つを積み重ねた結果、何か形として残るのではないかな。

まずは選手としてピッチに立つ5人の権利を与えてもらえたら「この人本当に病気なのかな?」って思ってもらえるくらい走りたいし、病気がわからないくらいのプレーをしたい。それをやれる可能性をクラブから与えられた以上、自分はそれをやる責任がある。1分のためにトレーニングして、その1分で全力の姿勢を示すことができれば、僕にとって今シーズン大事な1分になるのかなと思います。
10時間試合に出場する選手よりも、1分で選手としてしっかり価値を生み出せる準備をすることが僕の目標でありやるべき責任です。

 

【プロフィール】

◆ 鈴村 拓也
愛知県名古屋市出身。1978年生まれ。日本フットサルリーグ・デウソン神戸の監督。
高校卒業後、Jリーグのヴィッセル神戸に入団。プロサッカー選手として2年間プレーし、1998年シーズン終了後に退団。その後フットサル日本代表として活躍し、2009-10シーズン途中にデウソン神戸と契約。2012年に上咽頭癌と診断されたことが明らかになり、5度の抗がん剤投与や35度の放射線治療などを行う。入院中には、第一子(長男)が誕生する。闘病を乗り越え5月に退院し6月に練習を再開。9月には湘南ベルマーレとの戦線復帰を果たす。現在は闘病の経験も生かしながら、デウソン神戸の監督として活躍されている。

◆ 久光 重貴
神奈川県横浜市出身。1981年生まれ。湘南ベルマーレ所属のフットサル選手。
小学校1年のとき、横浜サッカークラブつばさでサッカーを始める。その後、ベルディ川崎ジュニアユースから帝京高校サッカー部を経て、ナオト・インティライミとの出会いをきっかけにカスカヴェウ(現ペスカドーラ町田)の一員となる。2008年には湘南ベルマーレフットサルクラブに移籍。翌09年にはフットサル日本代表にも選出されたが、11年に骨髄炎を発病。再び歩くことは難しいと診断されながらも、見事復帰を果たす。しかし、13年のメディカルチェックで右上葉肺腺がんが発覚。それでも周囲の声に支えられて、治療を続けながら現役Fリーガーとしてプレーしている。

 

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