記事監修医師
東京大学医学部卒 医学博士
「赤ちゃんがほしい」という思いが強いほど、妊活で期待通りの成果が出ないと不安やプレッシャーで押しつぶされてしまう気持ちになってしまうのではないでしょうか。最初は夫婦で励まし合いながら取り組んでいても、妊活が長引くにつれてお互いの認識がずれ始めてしまうと、夫婦関係にひびが入ることがあります。ここでは、妊活が原因で夫婦関係がぎくしゃくしてしまう「妊活クライシス」について取り上げます。
現在51歳のAさんは、20代のときから妊活を始めた女性です。自然妊娠ではうまくいかなかったので、不妊治療のために何年にもわたって基礎体温をつけたり、薬を服用したり、体外受精に取り組んだりしましたが、妊娠につながりませんでした。不妊の原因を探るために検査をしたところ、夫婦ともに異常はなく、医師からは「原因不明の不妊症である」との診断を受けたそうです。
それでも粘り強く不妊治療を続けましたが、2度目の体外受精失敗がトラウマになりました。そのトラウマのつらさから、やがて夫婦そろって「これ以上続けても無駄ではないか」と考えるようになり、苦渋の末、不妊治療をやめることにしました。
治療をやめた直後は、子供のいない将来を前向きに受け入れることができなかったものの、時間が経つにつれて少しずつ受け入れられるようになったそうです。その一方で、いつか奇跡的に自然妊娠することができるのではないか、という淡い期待を抱き続けたものの、それも叶わないまま今に至っています。
今後も不妊治療を続けるべきかどうかを話し合ったとき、Aさんのご主人は、気持ちを切り替えてまた挑戦したいと考えていました。
一方、Aさん自身は「しばらく喪に服す期間が必要」と思っていました。Aさんにとって「どう頑張っても子供ができない」という状況は、「子供と死に別れる」のに似ている、と受け止めていたからです。この認識の違いから、治療をやめることを決めた直後は夫婦間の意見が合いませんでした。
幸い、Aさん夫妻はこの時期を除けば夫婦関係はよく、治療中も含めて現在に至るまでお互いに支え合ってきたので、夫婦関係にひびが入ることはなかったそうです。ただ、妊活に対する認識の違いがきっかけとなって、夫婦関係が壊れてしまうカップルも少なくないといわれています。
Aさん夫妻が「子供のいない生活」を前向きに受け止められるようになったきっかけのひとつは、同じ経験をしているグループに参加したことだそうです。
同じ経験をした人が集まっているので、家族や友人に話すときよりもはるかにお互いの気持ちやつらさを共有しやすいと感じたことが、Aさん夫妻の大きな助けになりました。
妊活クライシスは夫婦(男女間)の感じ方や考え方の違いが原因になることがほとんどです。最初は些細なすれ違いであったものが、積み重なることでどんどん夫婦間のズレが大きくなっていき「妊娠クライシス=夫婦関係のぎこちなさ」が悪化していくといわれています。
妊娠クライシスを解決するためには、以下のことに再度注意してみてはいかがでしょうか。
妊娠・出産は女性にしかできないものです。そのため、子供が欲しいと思っている夫婦に赤ちゃんが授からないと、やはり女性側が感じる不安やプレッシャーが大きい傾向があるといわれています。
生理がくると落ち込んでしまったり、SNSやメールで友達から妊娠の報告をもらう度にプレッシャーに感じてしまったりなど、不安やプレッシャーの原因は日常の中にあふれています。
男性がその苦しみの全てを理解することは難しいかもしれませんが、まずは「理解してあげたい」「理解しようとしている」とすることから始めましょう。
悩みや愚痴を聞いてあげることはもちろんですが、将来の話をするときに赤ちゃんの話をするのではなく、どんな夫婦でいたいかについてや夫婦にとっての幸せについて話してみてはいかがでしょうか。
妻側の言葉をきちんと受け取り、どんな気持ちでその言葉を発しているのかを想像してコミュニケーションをとるようにしましょう。
女性ほどではないかもしれませんが、妊活は男性にも精神的負担やプレッシャーがかかってきます。
「自分に原因があるのではないか」「不妊治療に励む妻を見てるとプレッシャーでセックスに集中できないことがある」などで悩んでいることもあるのです。
女性にとっては「なんで?」と思うようなことかもしれませんが、妻側も「妊活は夫もつらい」と理解するようにしましょう。ときには夫婦間で本音をぶつけあい、何に悩み不安を感じているのかを話し合うことも大切です。
なかなか不妊治療の結果が出ない、高齢出産が不安だという場合は「里子を迎える」ことを検討してみてはいかがでしょうか。不妊治療を続けても子供を授かることができずにギクシャクしていた夫婦が、里親制度を利用して子供を迎えることで夫婦関係が改善したという話もあります。
里子を迎えることは気軽に決断できることではありませんが、もし不妊治療に疲れてしまっているなら、一度話しあってみる価値はあるでしょう。
Aさん夫妻が意見の食い違いを乗り越え、夫婦で子どもがいない現実を受け入れることができたのは、どんなときもお互いを支え合っていたからでしょう。
子供ができないという辛い現実を受け入れなければいけないとき、一番味方になってくれるのはずっと身近にいたパートナーのはずです。お互いの気持ちを率直に打ち明け、話し合いながら、夫婦で現実を受け入れるとともに、夫婦の絆を深めていきましょう。