記事監修医師
前田 裕斗 先生
2018/9/17
記事監修医師
前田 裕斗 先生
不妊治療をしていると、ホルモン剤、ホルモン注射を使うという話を聞くことがあります。ホルモン剤・ホルモン注射に含まれるのは主に女性ホルモンで、患者さんの卵巣や子宮の状態、治療の段階によってさまざまな使い方があります。
この記事では、そうしたホルモン剤・ホルモン注射の使い方について、パターン別にご紹介していきます。
不妊治療でホルモン剤と呼ばれるものは、4つの目的によって使い分けられます。
何らかの原因で排卵しづらい症状のある人にホルモンの補充をし、正常なホルモン分泌に近づけることで、正常な排卵を促します。
排卵しづらい症状のことを、排卵障害と呼んでいます。排卵障害は、主に3種類のケースに分類されます。
原因またはその部位 | ホルモン値の特徴 | 症状 |
---|---|---|
脳の視床下部や下垂体 | FSH・LHともに低い | 脳の視床下部や下垂体に何らかのトラブルがあり、卵胞を育てる・排卵させるホルモンが十分に供給されず、排卵しない
不規則な生活やストレス、極度のダイエット、腫瘍などで起こる |
PCOS(多嚢胞性卵巣症候群) | FSHは正常
LHが高値 男性ホルモン値が高くなっていることも |
LHとFSHのバランスが悪く、卵が大きく成長せず未熟なままいくつもの嚢胞が溜まってしまう
完全に無排卵または、排卵の周期が非常に長い |
卵巣性 | FSH・LHとも高値 | 視床下部や下垂体は正常にホルモンを分泌しているにも関わらず、卵巣が反応しない
卵子のストックである原始卵胞の減少による。治療が難しい |
FSHとは卵胞ホルモンとも呼ばれ、卵子を育てるホルモンです。LHは黄体ホルモンとも呼ばれ、排卵後の卵胞から分泌され月経を起こします。
3つの原因のうち、視床下部や下垂体に原因がある場合や、PCOSの場合は、ホルモン剤や排卵誘発剤の使用で治療することができますので、ホルモン剤の使用で十分に効果が期待できます。しかし、卵巣性の排卵障害に関しては、ホルモンは十分に分泌されているにも関わらず、卵子のストックが少ないまたはほとんどないため卵が育たない状態です。
卵巣性の排卵障害は、卵巣機能の低下ともされ、年齢の高い人だけでなく、若い人でもまれに起こることがあります。これを早発卵巣不全と言い、基本は他の原因と同じく排卵誘発剤による治療を行いますが、排卵が見られるのは約20%という報告もあり、治療は容易ではありません。
不妊治療のうち、高度不妊治療と呼ばれる体外受精を行う場合は、正常に排卵している人でも排卵誘発剤を使うことがあります。この場合は、排卵を促すためではなく、同時にたくさんの卵を育てるための「卵巣刺激」として排卵誘発剤を使います。
体外受精をするとき、排卵誘発剤を使ってたくさんの卵子を育てます。しかし、これらの卵子の育つスピードは全て同じではないため、大きな卵子から順に自然に排卵してしまう可能性があります。そのため、ある程度の数の卵胞が育つまで勝手に排卵しないように抑えるホルモン剤を注射薬または点鼻薬で投与する必要があります。
そして、採卵の約36時間前に排卵を促す薬を注射薬または点鼻薬にて投与し、卵子を最後に成熟させて回収します。また、これらの注射薬または点鼻薬は、排卵を促すという性質から、タイミング法や人工授精のときにも確実な排卵を起こすために使われることがあります。
不妊治療で使われるホルモン剤には、経口薬と注射薬、点鼻薬の3種類があります。それぞれのホルモン剤について、どのような副作用の可能性があるのか解説していきます。
経口薬には、クロミフェンとシクロフェニルの2種類があり、どちらも卵子を育てる薬剤です。それぞれクロミッド®、セキソビット®という名称の錠剤が有名です。
クロミッド®は、FSH(卵胞ホルモン)の分泌を促す薬剤です。注射薬ほど卵子を育てる効果が強くない反面、OHSS(卵巣過剰刺激症候群)などの危険性は低いです。
クロミッド®を使用することで見られる副作用には、以下のようなものがあります。
子宮内膜が薄くなると着床の可能性が下がるため、体外受精でクロミッド®を使用した場合、採卵した卵は全て凍結しておき、次周期以降に子宮に戻すことが多いです。
セキソビット®も、クロミッド®同様FSHの分泌を促して卵子を育てます。そのため、作用や副作用の内容はクロミッド®とほぼ同じです。しかし、クロミッド®と比較すると効果が弱く、そのぶん副作用も起こりにくい薬剤です。
注射薬として使われるホルモン剤には、卵胞を育てる排卵誘発剤であるhMG製剤とFSH製剤、排卵を促すhCG製剤、排卵を抑えるGnRHアンタゴニスト製剤の3種類があります。
hMG製剤・FSH製剤はどちらも卵子をたくさん育てるための製剤ですので、OHSS(卵巣過剰刺激症候群)が起こる可能性があります。OHSSの症状は以下のとおりです。
OHSSは軽症であれば、ホルモン剤の投与をやめてしばらくすると落ち着きますが、重症になると血液が濃縮されることにより血栓症や脳梗塞の危険があります。これらの症状が現れたら、すぐに医師に相談しましょう。
hMG製剤やFSH製剤を使用したあとにhCG製剤の投与を行うと、OHSSの重篤な症状が出ることがあります。特に、体外受精で卵巣刺激を行う場合は両方の注射薬を使用することが多いため、OHSS
には十分注意しましょう。
注射した部位の発赤、かゆみなどごく軽いアレルギー反応が起こる場合があります。ほとんどの症状は軽度であり、しばらく時間が経てばおさまることが多いです。1日経ってもおさまらない場合や、全身に症状が現れた場合は医師に相談しましょう。
点鼻薬として使われるホルモン剤は、GnRHアゴニストとも呼ばれ、排卵を抑える作用と排卵を促す作用の両面から使用されることがあります。
副作用としては、頭痛や眠気、下腹部痛、不正出血、抑うつ症状などがあります。重篤な症状に結びつくことは多くありませんが、いつもと違う症状が出た場合は医師に相談しましょう。
不妊治療でのホルモン剤の使い方は、大きく分けて2種類の考え方があります。すなわち、1周期に1つの卵だけを育てる「排卵誘発」という考え方と、1周期でたくさんの卵子を育てる「卵巣刺激(調節卵巣刺激)」という考え方です。前者は主にタイミング法や人工授精などで使われ、後者は主に体外受精で使われます。
初めにもお話ししたとおり、排卵障害がある場合に使います。多胎をできるだけ避けるため、自然妊娠の場合の排卵に近い、大きい卵胞1つだけを育てるためにホルモン剤を使用します。体外受精であってもできるだけ低刺激な治療方針を行うときは、この「排卵誘発」を使用することがあります。
体外受精をする場合に、1周期でたくさんの卵胞を育て、受精可能な卵子をできるだけ多く回収しようとする方法です。採卵後は、受精させてある程度の成長段階まで育てた胚を1つずつ子宮に戻し、妊娠成立を試みます。
よく懸念されることとして、卵巣刺激を行うとそのぶん卵巣の中にある卵子ストックの残りが早く減ってしまうのではないか?というものがあります。しかしこれは全くの誤解で、卵巣刺激によって育ってくるたくさんの卵胞は、自然排卵であればその周期で育たずに捨てられてしまうはずだった何十という卵胞がホルモン剤の作用によって育ってくるものなのです。
ですから、卵巣刺激によって卵子のストックが早く減ることはありません。卵巣刺激を避け、できるだけ自然な方法で治療する方針の場合、費用面の問題や、卵巣刺激によって起こるOHSSなどの副作用を懸念していると考えられます。
不妊治療で1つの卵子を育てる場合、低刺激である経口薬が多く使われます。しかし、経口薬で効果が得られない場合や、卵巣性の排卵障害の場合はhMGやFSHの注射薬を使う場合もあります。
1つの卵子を育てる単一卵胞発育をめざす方法は、タイミング法や人工授精で主に使用されます。また、体外受精の中でもできるだけ自然に近い低刺激な方法で、という方針で行う場合はこの方法が取られることもあります。
脳の視床下部や下垂体が原因の排卵障害や、PCOSの場合は、低刺激な経口薬を使用して卵胞を育てます。
月経開始後、何日目から飲み始めるか、また、何日間服用するかは個人差もあり、各病院や医師の治療方針によっても違いますので、服用指示は必ず守りましょう。この方法で数ヶ月治療しても卵胞が育つ様子が見られない場合は、注射による排卵誘発へ移行します。
卵巣性の排卵障害である場合や、経口薬を数ヶ月使用しても効果が得られない場合に、注射薬を使用して卵子を育てます。この場合はたくさんの卵子を育てることが目的ではありませんので、「低容量漸増投与法」という方法を使用します。
低容量漸増法は、治療期間が長くなるため連日の通院が困難となる場合が多く、自己注射が推奨されます。
複数の卵子を育てる場合、主に2つの方法が使われます。ロング法とアンタゴニスト法の2種類です。個々の患者さんに合わせたさらに細かい分類は多数ありますが、たくさんの卵子を効率よく育てる上で、最も多く使われている方法はこの2種類です。
ロング法とは、治療開始の前周期の高温期半ばごろから点鼻薬を使用して排卵の抑制を始め、治療周期の月経開始後5〜7日目ごろから排卵誘発の注射によって卵胞を育て、最後に排卵を促すhCG注射を使用し、採卵する方法です。
アンタゴニスト法は、月経周期の3〜4日目から排卵誘発の注射によって卵胞を育て始め、主席卵胞のサイズが14〜15mm程度になった時点でGnRHの注射も併用して排卵を抑えます。最後にhCG注射または点鼻薬によって排卵を促し、採卵を行います。
どちらの方法を使っても、育つ卵胞数や卵の質が変わるわけではありません。ですから、個々の患者さんに合った方法を使います。例えば、ロング法を試して卵胞の育ちが悪い場合、次の治療ではアンタゴニスト法を試してみるなど、実際に治療をしてみて判断します。
自然な月経周期で排卵が起こる場合、排卵が起こった後には卵子を排出した後の卵胞から黄体ホルモン(プロゲステロン)が分泌され、次の月経を起こします。しかし、採卵によって卵子だけでなく卵子の周りの細胞も吸い出してしまうと、この黄体ホルモンを産生する部分も一緒に吸引してしまうのです。
そのため、採卵後は必ず黄体ホルモンを補充し、自然な月経のホルモンの増減に合わせる必要があるのです。約2週間、経口薬や筋肉注射、膣座薬などで黄体ホルモンを補充します。また、採卵後に新鮮胚移植を行っていた場合には、黄体ホルモンによる着床を促す効果も期待できます。
不妊治療で使われるホルモン剤は、卵を育てるための経口薬・注射薬が主に用いられます。その他、補助的に排卵を抑えたり促す点鼻薬・注射薬が併用されることもあります。
卵の数を1個育てて自然に近い受精をめざすのか、多数育てて効率的に受精卵を得るのか、目的によっても使う薬剤は変わります。治療方針は、医師とよく話し合いましょう。
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