緩和ケアを受けませんか、と言われたときの余命は…?

2019/1/4

山本 康博 先生

記事監修医師

MYメディカルクリニック横浜みなとみらい 院長
東京大学医学部卒 医学博士
日本呼吸器学会認定呼吸器専門医
日本内科学会認定総合内科専門医
人間ドック学会認定医
難病指定医
Member of American College of Physicians

山本 康博 先生

三上 貴浩 先生

記事監修医師

東京大学医学部卒 医学博士

三上 貴浩 先生

緩和ケアは、日本では主にがんの人に対して行われる治療法です。「緩和ケア病棟」などの言葉から、緩和ケアを受けるのはもう治療の見込みがない、と判断されるほどがんが進行していると思いがちですが、実際はどうなのでしょうか?緩和ケアを勧められたときには、余命宣告を覚悟するべきなのでしょうか?

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緩和ケアを…と言われたら余命は短い?

緩和ケアとは、がんの進行度合いに関係なく、患者さんの感じる苦痛を軽減するためのケアです。ですから、緩和ケアを勧められたからといって、余命宣告を受けるような末期の状態までがんが進行しているとは限りません。

日本ではとくに、終末期医療やホスピスと緩和ケアは一般的にまだまだ混同されがちですが、現在の医療での緩和ケアの考え方は、「がんと診断されたその時から、患者さんの苦痛やつらさを軽減するケア」です。つまり、終末期のケア(ターミナルケア・ホスピスケア)とは別に、治療を行いながら同時に心身のフォローをするためのケアという位置づけになっています。

たとえば、痛みはがんの早い時期からかなり進行した時期まで、よくみられる症状です。痛みがつらい状態では、生活も思うようにできず、治療へのモチベーションも下がってしまう恐れがあります。また、吐き気や食欲不振・だるさなど、体の症状はさまざまです。こうした身体症状や精神的な不安感や孤独感などの精神的症状を和らげ、自分らしい生活を送れるようにするのが緩和ケアの主な役割です。

また、「治療をしているのだから痛みや不安は我慢しなければ」と思って抱え込んでしまう人もいますが、それは間違いです。つらい症状を取り除く緩和ケアを早い時期から始めた人と、緩和ケアを行わず通常の治療のみ行った人とでは、早い段階からケアをしていた人の方が生存期間が長くなり、生活の質もよいというデータも出ています。

緩和ケアを勧められたら、またはがんと診断されて不安や痛みがつらいようなら、緩和ケアを受けてみるのがおすすめです。

緩和ケアはどんな医療を受けられるところ?

緩和ケアとは、患者さんの身体的・精神的な苦痛をやわらげることで、QOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活・人生の質)を改善することが目的のケアです。患者さんそれぞれの生活や気持ちを尊重し、人間性を重視した包括的なケアが行われます。

ホスピスケアとの違いは、ホスピスケアが治療の有効でない患者さんに対して行われるトータルケアなのに対して、緩和ケアは疾患の進行度合いに関係なく、診断されたときから受けられるケアであることです。日本ではまだまだこの両者は混同されやすいものですが、両者の違いを知っておくと早い時期から恐れずに緩和ケアを受けることができます。

WHO(世界保健機関)では、かつて緩和ケアを「疾患に対し、治癒を目的とした治療を用いても反応しなくなった(治療が有効でない)患者に対し、積極的で包括的なケアを行うこと」と定義していました(1990年)。しかし、WHOは2002年にこの定義を変更し、「生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対し、疾患の早期から身体的・精神的・社会的・スピリチュアルなどの問題に対処し、QOLを改善するケア」としました。

日本では「緩和ケア病棟」と「緩和ケアチーム」という区分があり、緩和ケア病棟は名前のとおり入院して緩和ケアを行うための緩和ケア専門の病院ですが、緩和ケアチームは一般の病棟に入院しながら、治療とは別に緩和ケアを専門とする医療チームを組んで行います。施設によっては栄養士、理学療法士、ソーシャルワーカーなども緩和ケアチームに参加することがあります。

身体的な緩和ケアではどんなことをするの?

一般的に、がんだけに限らず何らかの疾患がある場合、痛みは非常によく現れる症状です。そこで、緩和ケアの中でも痛みをコントロールすることは重要なケアの一つです。がんの場合、WHOの疼痛治療法により、痛みを3段階に分け、段階ごとに薬剤の種類を変えて痛みをコントロールしていく方法が多く採られます。

中等度・強度の痛みで使われる鎮痛薬は麻薬性のものであることから中毒を心配する人もいますが、医師の指導のもと痛みのコントロールのためだけに正しく使えばそのようなことは起こりません。また、精神症状としてせん妄という精神が不安定になる症状が現れることもありますが、この症状は入院期間が長い人や全身状態が悪い人、睡眠薬などの多くの薬を併用することで起こることが多く、薬剤の投与量を減らしたり、適切な処置や対応をしたりすることで軽減できます。

最近では、がんの痛みケアによく使われているモルヒネ以外にも新しい麻薬性鎮痛薬が開発され、患者さんの痛みに合わせて鎮痛薬を使い分ける方法が主流となってきています。

精神的な緩和ケアではどんなことをするの?

がんと診断された人の多くが、動揺や落ち込み・不安、孤独感などを感じています。これらのメンタル的症状は「がんの疑い」と診断された時から既に起こっていることが多いです。がんは今でも「不治の病」の代名詞としてのイメージが強いことから、疾患と向き合い、受け容れる過程で何度もつらい気持ちになってしまうのは誰にでも起こりうることです。

精神的なケアは身体的なケアよりも患者さんの人間性や性格、環境などを深く考慮する必要があるため、誰にでも有効な万能な治療法や、マニュアルといったものはほとんどありません。しかし、精神医療も近年めざましく発展しているため、それぞれの患者さんに合った治療法・対処法は必ず見つかるはずですから、緩和ケアチームとともにさまざまな方法を試しながら、個々に合う治療法を模索していくことが大切です。

多くの患者さんは、家族や友人などの身近な人はもちろん、医師や看護師に気持ちを打ち明け、話を聞いてもらうだけでもかなり心の負担が軽くなるようです。自分の気持ちを打ち明けるのは勇気がいることですが、しかし決して恥ずかしいことではありません。身近な人だけでなく、緩和ケアチームのスタッフにも不安や悩みを話せば、一緒に解決の道を探っていくことができます。

精神的なケアにはさまざまな方法があり、患者さん自身でも色々な方法を試してもらうのはとても良いことですが、つらい気持ちをお酒で紛らわそうとすることだけはおすすめできません。これは、アルコールによってセロトニンやカリウムが減って不安感や落ち込みを増加させてしまうこと、また、その結果余計にお酒を飲んで紛らわそうとするという悪循環に陥り、どんどん酒量が増えてアルコール依存症状態になるリスクがあるということによります。

双極性障害(うつ病)とアルコール依存症の関係も指摘されているほか、アルコールを飲みすぎると身体的な他の疾患を招くリスクもあります。アルコールは適量を守り、楽しむために飲むのであれば問題ありませんが、不安やつらさを紛らわすために飲むのは絶対にやめましょう。

また、心の専門家に相談するのも有効です。がん患者さんのうち、2~3割の人は医師・心理療法士など何らかの心の専門家のケアが必要だと言われています。心療内科・精神科にかかることは心が弱いという偏見もありますが、アメリカなどでは既に心の専門家に自ら援助を求めることは「自分自身の抱える問題に対して積極的に解決しようと努めている」という、ポジティブで心の強い行動であるという良い評価をされているのです。

特に、がんなどの大きな疾患を抱えた人が心の専門家にケアを相談・依頼するのは当然のことであると言えます。不安感や孤独感でつらいときは、我慢せず心の専門家に相談してみましょう。どこにかかればよいのかわからないときは、担当医や看護師に聞いてみるのも大切です。また、患者さん本人が気持ちに余裕がない場合、ご家族から担当医に相談してみたり、受診を促してみるのもおすすめです。

緩和ケアでは、痛みに対してどんな治療をするの?

緩和ケアでは、痛みに対しては主に薬を用いたコントロールが行われます。薬を使わないこともありますが、個々の患者さんの状況に合わせてさまざまな方法で痛みをなくしたり、軽くしたりといったケアを行います。がんを主原因とする痛みをやわらげるための治療法は、「WHO方式がん疼痛治療法」が基本となっています。

WHO方式がん疼痛治療法とは、一定の時間ごとに痛みの強さに合わせた薬を飲んで痛みをコントロールする治療法です。痛みは以下の3段階で判断されます。

  • 軽度の痛み…アセトアミノフェン・アスピリン・インドメタシンなどのNSAIDs(非ステロイド系抗炎症薬)と鎮痛補助薬を使用
  • 中等度の痛み…鎮咳作用のあるコデイン類(麻薬性鎮痛薬)と鎮痛補助薬を使用
  • 強度の痛み…中等度で使われるものよりも強いモルヒネなどの麻薬性鎮痛薬と鎮痛補助薬を使用

鎮痛補助薬とは、主な薬理作用として鎮痛があるわけではないものの、鎮痛薬と併用することで鎮痛効果を高めることができる薬のことです。NSAIDsや麻薬性鎮痛薬だけでは効果が得られないときにこうした鎮痛補助薬を使用することもあります。この治療は非常に効果が高く、適切に実施すれば8割〜9割のがん患者さんでがんの痛みを取り除くまたは軽減することができるとされています。

モルヒネは麻薬性鎮痛薬と、「麻薬性」などと分類されていることもあり、怖いイメージがつきまといやすい薬剤ですが、決められた量や時間をきちんと守って使っているぶんには、全く怖い薬ではありません。手術後の痛みをやわらげるためにも使われたりする大切な鎮痛薬なのです。

また、これらの鎮痛薬が効かない痛み、または体質に関しても、神経ブロック療法や鍼灸・理学療法などの非薬物治療など、さまざまな治療方法が工夫・開発され、着実に成果を上げてきています。我慢しないで、つらさや痛みは医師や看護師に相談してみましょう。患者さん自身も緩和ケアチームの一員として、医師や看護師と協力し、一緒に苦痛やつらさをやわらげていくという意識を持つことが大切です。

おわりに:緩和ケアは終末期の患者さんだけのものではない

緩和ケアは、ついホスピスと混同しがちですが、同じように苦痛をやわらげるための治療法でも、受けられる時期が大きく違います。緩和ケアは診断が下されたときからすぐに受けることができ、治療と並行して緩和ケアを受ける人も今では少なくありません。

さらに、実際に治療の初期から緩和ケアを受けると、予後が良くなる可能性も示唆されています。緩和ケアで、身体面と精神面の両面からフォローアップしながら治療を行いましょう。

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